世界を魅了するハイブランド企業――ラグジュアリー帝国を築く4社の競争力

世界を魅了するハイブランド企業――ブランド価値が生み出す「価格を超えた価値」とは

ラグジュアリーブランドは、高価な商品を販売する企業ではない。長い歴史の中で培われた職人技、希少性、デザイン、そしてブランドストーリーによって、「価格以上の価値」を提供する企業である。世界のラグジュアリー市場では、LVMH、エルメス、リシュモン、ケリングといった欧州企業が圧倒的な存在感を示し、景気変動の影響を受けながらも、高い利益率とブランド力を武器に世界中の富裕層を魅了し続けている。それぞれ異なる戦略で成長を続ける世界有数のラグジュアリー企業に注目し、その強さの源泉と今後の展望を探る。

企業名証券コード・上場市場本社主なブランド
LVMHMC(ユーロネクスト・パリ)フランスルイ・ヴィトン、ディオール、ティファニー、ブルガリ、ロエベ、フェンディ、セリーヌなど
Hermès InternationalRMS(ユーロネクスト・パリ)フランスエルメス
Compagnie Financière RichemontCFR(SIXスイス証券取引所)スイスカルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、IWC、ジャガー・ルクルト、ピアジェ、モンブランなど
KeringKER(ユーロネクスト・パリ)フランスグッチ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、バレンシアガ、ブシュロンなど
MonclerMONC(ボルサ・イタリアーナ)イタリアモンクレール、ストーンアイランド

LVMH――世界最大のラグジュアリー帝国、その強さは「ブランドを買う」のではなく「育てる」ことにある

世界のラグジュアリー業界を語るうえで、欠かすことのできない企業がLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)である。フランス・パリに本社を置き、ユーロネクスト・パリ市場に上場する同社は、時価総額で世界最大級のラグジュアリー企業として知られている。ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、ティファニー、ブルガリ、ロエベ、フェンディ、セリーヌなど、誰もが一度は耳にしたことのあるブランドを傘下に持ち、その事業領域はファッションだけにとどまらない。ワイン・スピリッツ、時計・宝飾、香水・化粧品、高級ホテルまで幅広く展開し、「高級品」という市場そのものを形作っている存在といえる。

LVMHは1987年、シャンパンメーカーのモエ・エ・シャンドンとコニャックメーカーのヘネシーを擁するモエ・ヘネシーと、ルイ・ヴィトンが統合して誕生した。その後、現在の会長兼CEOであるベルナール・アルノー氏が経営権を掌握し、積極的なM&Aを通じて世界最大のラグジュアリーグループへと成長させた。

同社最大の特徴は、「単なるブランドの寄せ集め」ではないことである。一般的なコングロマリットでは、買収後に効率化を優先してブランドの個性が薄れるケースも少なくない。しかしLVMHでは、それぞれのブランドに独立した経営体制やデザイナー、歴史、文化を維持させながら、グループとして調達、物流、人材育成、不動産、ITなどを支援する。この「中央集権と分権の絶妙なバランス」が競争力の源泉となっている。

なかでも象徴的なのがルイ・ヴィトンである。1854年創業の老舗ブランドは、モノグラムやダミエといった定番商品だけではなく、著名デザイナーや現代アーティストとのコラボレーションを積極的に展開し、常に新鮮さを維持してきた。高級ブランドは「伝統」と「革新」を両立することが難しいが、LVMHはその両立に成功している数少ない企業である。

また、LVMHはブランド価値を守るため、値引き販売を極力行わないことでも有名だ。一般的なアパレル企業は在庫処分セールを実施することが多いが、高級ブランドでは希少性そのものが価値となる。そのため、生産数量を厳格に管理し、需要を上回る供給を避けることでブランドの価値を維持している。価格を下げずに売り切るという姿勢は、高い利益率を実現する重要な要因となっている。

近年ではデジタル戦略にも力を入れている。かつてラグジュアリーブランドは「店舗で買う体験」が重視され、ECへの対応は慎重だった。しかし消費者行動の変化を受け、LVMHはオンライン販売やデジタルマーケティングへの投資を加速させた。SNSを活用したブランド発信や、若年層へのアプローチも積極的である。一方で、高級ブランドとしての世界観を損なわないよう、店舗体験や接客品質にも引き続き投資を続けている。

2021年には米国の高級宝飾ブランド、ティファニーを約158億ドルで買収した。この買収はラグジュアリー業界史上でも最大級の案件であり、宝飾部門の競争力を一段と高めた。ティファニーは米国市場で圧倒的なブランド力を持つ一方、LVMHのグローバルな販売網やマーケティング力を活用することで、新たな成長段階に入ったと評価されている。

LVMHの事業は「ファッション・レザーグッズ」だけではない。売上・利益の柱であるルイ・ヴィトンやディオールに加え、「ワイン・スピリッツ」ではモエ・エ・シャンドンやドン・ペリニヨン、ヘネシーを展開する。「時計・宝飾」ではタグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ティファニー、ブルガリを抱え、「香水・化粧品」ではゲラン、パルファン・クリスチャン・ディオール、ベネフィットなどを展開している。さらに、高級百貨店や旅行関連事業などもグループに取り込み、多角化を進めている。

もっとも、LVMHも課題がないわけではない。2024年以降、中国景気の減速や高級品需要の鈍化を背景に、ラグジュアリー市場全体の成長率はコロナ禍後の急拡大期と比べて落ち着いている。中国は世界最大級の高級品市場であり、その消費動向はLVMHの業績にも大きな影響を与える。また、欧米の高金利政策や地政学リスクも高級品需要の重荷となる可能性がある。

一方で、中長期的には富裕層人口の増加が追い風となる。特にアジア、中東、インドなどでは高所得者層が拡大しており、高級ブランド市場そのものの成長余地は依然として大きい。また、LVMHは価格競争に巻き込まれにくく、高いブランド力を背景に値上げを実施できる数少ない企業でもある。インフレ局面でも利益率を維持しやすい点は、一般消費財メーカーにはない強みだ。

投資家の視点では、LVMHは「景気敏感株」でありながら、「ブランド」という無形資産を武器に長期的な競争優位性を築いてきた企業と評価される。短期的には中国市場や為替、消費マインドの影響で株価が変動することはある。しかし、170年以上にわたり培われたブランド価値は、一朝一夕に築けるものではない。LVMHの真の競争力は、高級品を販売していることではなく、「世界中の消費者が憧れ続けるブランドを育て続ける仕組み」を持っていることにある。ラグジュアリー市場の頂点に立ち続ける理由は、単なる規模の大きさではなく、ブランド価値を未来へ継承し続ける経営哲学そのものにあるのである。

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エルメス――「売れるから作る」のではない。「作れる分だけ売る」世界最高峰ブランドの哲学

世界のラグジュアリーブランドの中でも、特別な存在感を放つ企業がHermès International(エルメス・インターナショナル)である。フランス・パリに本社を置き、ユーロネクスト・パリ市場に上場する同社は、バッグや革製品を中心に、時計、ジュエリー、シルク、プレタポルテ、香水、ホームコレクションなど幅広い高級品を展開している。2026年7月時点では、LVMHと並び世界を代表するラグジュアリー企業であり、利益率やブランド価値では世界最高峰との評価を受けることも少なくない。

エルメスの歴史は1837年に始まる。当初は馬具工房として創業し、貴族や王侯向けの馬具や鞍を製作していた。自動車の普及に伴って馬車文化が衰退すると、革製品やバッグ、財布へと事業を転換した。この柔軟な変化が現在のエルメスの礎となっている。現在でもブランドロゴには馬車が描かれており、その歴史を物語っている。

エルメスといえば、「バーキン」や「ケリー」を思い浮かべる人が多いだろう。バーキンは英国人女優ジェーン・バーキンとの偶然の出会いから誕生し、ケリーはモナコ公妃グレース・ケリーが愛用したことで世界的な知名度を獲得した。どちらも単なるバッグではなく、「ラグジュアリーの象徴」として世界中の富裕層から支持されている。

しかし、エルメス最大の特徴は人気商品そのものではない。「需要があるから大量生産する」という一般的な企業とは真逆の経営を続けていることである。

バーキンやケリーは注文すれば誰でも購入できる商品ではない。店舗に並ぶことは極めて少なく、購入実績やタイミングなど複数の条件が重なることで初めて案内されるケースもある。世界中で需要が供給を大きく上回り、長い待機期間が発生することも珍しくない。この希少性こそがブランド価値を支える最大の武器となっている。

一般企業であれば、生産能力を増やして販売数量を伸ばすことを考える。しかしエルメスは違う。同社は熟練職人による手仕事を重視し、一つのバッグを一人の職人が最初から最後まで担当する製法を採用している。大量生産より品質を優先する姿勢は創業以来ほとんど変わっていない。

このため、エルメスは売上成長よりもブランド価値を守ることを経営の最優先事項としている。「作れる量しか売らない」という姿勢は、短期的には機会損失にも見える。しかし長期的には希少価値を維持し、中古市場でも高値で取引されるブランドを育て上げた。

実際、バーキンやケリーは中古価格が新品価格を上回るケースも少なくない。人気カラーや限定モデルでは数百万円から一千万円を超える価格で取引されることもあり、高級バッグでありながら資産として語られることもある。こうした資産価値の高さは他ブランドでは容易に実現できない。

経営面でもエルメスは独特である。同社は現在も創業家が大きな議決権を保有しており、短期利益よりも長期的なブランド育成を重視している。2010年にはLVMHがエルメス株を大量取得したことで買収懸念が広がった。しかし創業家は持株会社を設立して結束を固め、独立経営を維持することに成功した。この出来事はラグジュアリー業界最大級の攻防として今なお語り継がれている。

商品構成を見ると、売上の中心はレザーグッズであるが、それだけではない。シルクスカーフ「カレ」、ネクタイ、ジュエリー、時計、香水、食器、家具など、ライフスタイル全体を提案するブランドへと進化している。それでもブランドイメージを崩さない理由は、どの商品にも「職人技」という共通の価値が存在するからだ。

近年ではデジタル化にも対応している。オンライン販売やSNSを積極的に活用する一方、店舗での顧客体験を最重要視する姿勢は変わらない。高級ブランドにとって店舗は単なる販売場所ではなく、ブランドの世界観を体験する空間だからである。店舗デザインや接客レベルへの投資を惜しまないことも、エルメスが支持され続ける理由となっている。

また、近年のサステナビリティへの取り組みも注目される。革素材の調達におけるトレーサビリティの向上や、職人技術の継承、製品を長く使い続ける文化の発信など、「大量生産・大量消費」とは一線を画す経営を進めている。修理サービスが充実していることも、長期間使用できる製品づくりへのこだわりを示している。

投資家から見たエルメスの魅力は、極めて高い利益率と価格決定力にある。景気後退局面でも富裕層の購買力は比較的安定しており、価格改定によって原材料費や人件費の上昇を吸収しやすい。加えて、広告宣伝費に過度に依存せずともブランド力だけで集客できるため、高い営業利益率を維持している。

一方で課題も存在する。世界経済の減速や中国市場の消費鈍化は短期的な業績に影響を与える可能性がある。また、職人育成には長い年月が必要であり、生産能力を急拡大することは難しい。しかし、エルメスはその制約さえもブランド価値へと転換してきた企業である。

エルメスの強さは、高級品を販売していることではない。「欲しい人全員に売る」のではなく、「ブランドの価値を守るために、あえて売りすぎない」という経営哲学を約190年にわたり貫いてきた点にある。市場シェアではなく希少性を、短期利益ではなく永続的なブランド価値を追求する姿勢こそが、世界中の消費者を魅了し続ける理由であり、投資家からも世界最高峰のラグジュアリー企業と評価される最大の理由なのである。

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リシュモン――「カルティエ帝国」を築いた静かな王者、高級時計・宝飾品で世界を魅了するラグジュアリーグループ

世界のラグジュアリー業界を語るとき、多くの人がLVMHやエルメスに注目する。しかし、高級時計やジュエリーという分野で圧倒的な存在感を誇る企業がある。それがスイス証券取引所(SIX)に上場するCompagnie Financière Richemont(リシュモン)である。本社はスイス・ベルビルに置き、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、IWC、ジャガー・ルクルト、ピアジェ、A.ランゲ&ゾーネ、モンブラン、ヴァシュロン・コンスタンタンなど、世界屈指の高級ブランドを傘下に持つ。特にジュエリーと高級時計では世界トップクラスの企業であり、ラグジュアリー市場ではLVMHに次ぐ存在感を示している。

リシュモンの歴史は1988年に始まる。南アフリカの実業家ヨハン・ルパート氏が、投資会社レムグロから高級ブランド事業を分離する形で設立した比較的新しい企業である。しかし、傘下ブランドの多くは100年以上の歴史を持つ老舗ばかりであり、「新しい会社が古いブランドを束ねる」というユニークな経営モデルを採用している。

リシュモン最大の強みは、ブランド構成にある。LVMHがファッションやワイン、化粧品まで幅広く展開する総合ラグジュアリー企業であるのに対し、リシュモンはジュエリーと時計を中核事業に据えている。中でもカルティエはグループの利益を支える中核ブランドであり、「LOVE」ブレスレットや「トリニティ」、「パンテール」、「サントス」、「タンク」など、世代を超えて愛される名作を数多く生み出してきた。流行に左右されにくいデザインは資産価値の高さにもつながっており、世界中の富裕層から支持を集めている。

もう一つの柱がヴァン クリーフ&アーペルである。四つ葉のクローバーをモチーフにした「アルハンブラ」コレクションは世界的な人気を誇り、供給が需要に追いつかない状況が続くことも珍しくない。ブランド価値を維持するために生産数量を慎重に管理する姿勢は、エルメスにも通じる戦略といえる。

時計事業もリシュモンの大きな強みだ。ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年創業という世界最古級の時計メーカーであり、「パテック フィリップ」「オーデマ ピゲ」と並んで世界三大高級時計ブランドの一角に数えられることが多い。ジャガー・ルクルトは複雑機構の開発力で知られ、「時計師の時計師」と呼ばれる存在である。IWCは実用性と技術力を兼ね備えた時計ブランドとして人気を集め、A.ランゲ&ゾーネはドイツ高級時計の最高峰として熱心な愛好家を持つ。これだけの名門ブランドを一つの企業グループが保有している点は、リシュモンならではの強みである。

近年のラグジュアリー市場では、高級時計や宝飾品は単なる装飾品ではなく、「資産」としての側面も強まっている。世界的なインフレや金融市場の変動を背景に、希少価値の高い時計やジュエリーを保有する動きが広がり、中古市場も活況を呈している。カルティエやヴァシュロン・コンスタンタンの人気モデルは中古価格が高水準で推移することもあり、ブランド価値の高さを裏付けている。

リシュモンの経営は「ブランドを急成長させる」のではなく、「ブランドを何十年先まで守る」ことを重視する点が特徴だ。大量生産による短期的な売上拡大ではなく、品質や希少性を維持することで長期的な価値を高める経営を続けている。そのため、景気が好調な局面でも急激な増産は行わず、職人育成や品質管理への投資を優先する。高級時計や宝飾品は一朝一夕で作れるものではなく、高度な技術を持つ職人を育てるには長い年月が必要だからである。

デジタル化への対応も進んでいる。ラグジュアリーブランドは長らく対面販売を重視してきたが、リシュモンはオンライン戦略にも積極的だ。その象徴が高級時計専門の中古・新品マーケットプレイス「Watchfinder」の買収である。また、時計販売プラットフォーム「Watchfinder」やブランド公式ECを活用し、デジタル時代に対応した販売体制を整備している。さらに、高級ジュエリーや時計でもオンライン購入が一般化しつつあり、店舗体験とデジタル体験を融合させる取り組みを進めている。

一方で、同社はEC事業で試行錯誤も経験した。高級ファッションEC「YOOX NET-A-PORTER(YNAP)」への大型投資は期待した成果を十分に上げられず、その後、事業再編を進めて経営資源を中核ブランドへ集中させている。この経験は、「ラグジュアリーであってもデジタル戦略は重要だが、ブランド価値との両立が不可欠」であることを示した事例として注目された。

業績面では、近年はジュエリー部門がグループを力強くけん引している。世界経済の減速や中国市場の需要鈍化により、高級時計市場では調整局面も見られたが、カルティエやヴァン クリーフ&アーペルは堅調な需要を維持した。ジュエリーは時計に比べて流行や景気の影響を受けにくい側面があり、リシュモンの収益を安定させる重要な柱となっている。

もっとも、課題もある。中国は世界最大級のラグジュアリー市場であり、景気減速や消費マインドの変化は業績に影響を及ぼす。また、高級時計市場では二次流通価格の変動や供給調整も重要なテーマとなっている。加えて、為替や金・ダイヤモンドなど原材料価格の変動も利益に影響を与える要因だ。

それでも、長期的な成長余地は大きい。アジアや中東、インドなどでは富裕層人口が増加を続けており、高級時計や宝飾品への需要は今後も拡大すると見込まれている。結婚や記念日といったライフイベントに関連する需要も根強く、世代を超えて受け継がれるジュエリーや時計は、一時的な流行に左右されにくい特徴を持つ。

投資家の視点から見れば、リシュモンは「ブランドの歴史」と「価格決定力」を武器に、高い利益率を維持できる企業である。カルティエをはじめとする名門ブランドは値引き販売に依存せず、品質と希少性によって価値を高めてきた。短期的には景気や中国市場の影響を受けることはあっても、長い年月をかけて築かれたブランド資産は容易には揺らがない。

リシュモンの本質は、高級時計やジュエリーを販売する企業ではなく、「時を超えて価値を受け継ぐブランド」を育て続ける企業であることだ。流行を追うのではなく、100年後も愛される製品を生み出すという姿勢こそが、世界中の富裕層を惹きつけ、ラグジュアリー業界において揺るぎない地位を築いている最大の理由なのである。

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ケリング――グッチだけではない。「ブランドの再生力」が試されるフランスのラグジュアリーグループ

フランス・パリに本社を置き、ユーロネクスト・パリ市場に上場するKering(ケリング)は、LVMH、エルメス、リシュモンと並び、世界のラグジュアリー業界を代表する企業の一つである。グッチ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、バレンシアガ、ブシュロン、ポメラート、キーリンなど、世界的なブランドを傘下に持つラグジュアリーグループとして知られている。2026年7月時点では、高級品市場全体が中国景気の減速や消費マインドの変化という逆風に直面する中、ケリングも業績回復への取り組みが注目される企業となっている。

ケリングの歴史は1963年に創業した木材・建材会社「ピノー社」にさかのぼる。創業者フランソワ・ピノー氏は、その後、小売業や流通業へと事業を拡大し、1990年代後半からラグジュアリーブランドの買収を積極的に進めた。社名も「Pinault-Printemps-Redoute(PPR)」から2013年に現在の「Kering」へ変更し、本格的なラグジュアリー企業として再出発した。「Kering」はブルターニュ地方の言葉で「家」を意味する「Ker」と、英語の「Caring(大切にする)」を組み合わせた名称であり、ブランドや職人技を守り育てるという企業理念が込められている。

ケリング最大の柱は、何といってもグッチである。1921年創業のグッチは、イタリアを代表するラグジュアリーブランドとして世界的な知名度を誇る。GGモノグラムやバンブーバッグ、ホースビットローファーなど、時代を超えて愛されるアイコンを数多く生み出してきた。2010年代後半にはアレッサンドロ・ミケーレ氏による大胆なデザイン改革が若年層の支持を集め、グッチは世界的なブームを巻き起こした。ケリング全体の利益の半分以上をグッチが稼ぐ時期もあり、その成長がグループ全体の業績を押し上げた。

しかし、ラグジュアリー市場は流行の変化が速い。2023年以降は中国市場の需要鈍化に加え、グッチのデザイン刷新の過渡期が重なり、売上は伸び悩んだ。ケリングの株価も大きく調整し、「グッチ依存」のリスクが改めて意識されるようになった。現在は新たなクリエイティブディレクターの下でブランドイメージの再構築を進めており、今後数年間はその成果が業績を左右する重要な局面となる。

一方で、ケリングの魅力はグッチだけではない。サンローランはアンソニー・ヴァカレロ氏のクリエイティブディレクションのもと、高級ファッション市場で着実に存在感を高めてきた。洗練されたデザインと高い収益性を両立し、グループ内でも安定した成長ブランドへと成長している。

ボッテガ・ヴェネタも、ブランドロゴを前面に押し出さず、革の編み込み技法「イントレチャート」を象徴とする独自路線で高い評価を得ている。「ロゴではなく品質で勝負する」という哲学は、多くの富裕層から支持されている。

ジュエリー分野では、フランスの名門ブシュロンやイタリアのポメラート、中国発のハイジュエリーブランドであるキーリンを展開している。LVMHやリシュモンほど規模は大きくないものの、高級宝飾市場への投資を着実に進めており、事業の多角化を図っている。

また、ケリングはラグジュアリー業界の中でもサステナビリティへの取り組みで先行する企業として知られる。環境負荷を数値化する「Environmental Profit & Loss(EP&L)」を導入し、事業活動が自然環境へ与える影響を可視化したことは業界でも画期的な試みだった。原材料調達では森林保全や動物福祉にも配慮し、再生可能素材の活用や温室効果ガス削減などにも積極的に取り組んでいる。近年ではESG投資の広がりを背景に、こうした姿勢も企業価値を評価する重要な要素となっている。

デジタル戦略にも積極的である。SNSやインフルエンサーを活用したブランド発信に加え、オンライン販売への投資も進めてきた。ラグジュアリーブランドは店舗体験を重視する一方で、若い世代との接点づくりにはデジタル活用が欠かせない。ケリングはブランドごとに世界観を維持しながら、デジタルマーケティングを強化している。

さらに近年は、アイウエア(高級メガネ)事業も成長分野となっている。グループ傘下のKering Eyewearは、グッチやサンローランだけでなく、外部ブランドともライセンス契約を結び、高級アイウエア市場で急速に存在感を高めている。ファッションだけに依存しない収益源として期待されている分野である。

投資家が注目するポイントは、グッチの回復である。ラグジュアリー業界ではブランド価値を維持するため、短期的な値引き販売ではなく、商品力や世界観を磨きながら時間をかけて顧客を取り戻す戦略が一般的だ。そのため、ブランド再生には数年単位の時間を要することも珍しくない。ケリングも、短期的な利益よりブランド価値の回復を優先する姿勢を示している。

もちろん課題もある。グループ利益に占めるグッチの比率は依然として高く、一ブランドへの依存度は競合他社より大きい。また、中国市場は世界最大級のラグジュアリー市場であり、景気減速や消費行動の変化は業績に大きな影響を及ぼす。さらに、欧米の金利動向や為替、地政学リスクも高級品需要に影響を与える要因となる。

それでも、中長期的な成長余地は小さくない。世界の富裕層人口は今後も増加が見込まれ、とりわけインド、中東、東南アジアなど新興市場では高級ブランド需要の拡大が期待される。グッチが再び成長軌道に戻り、サンローランやボッテガ・ヴェネタ、ジュエリー事業、アイウエア事業がさらに成長すれば、収益構造はより安定したものへと変化していく可能性がある。

ケリングは、単に高級ブランドを保有する企業ではない。伝統あるブランドを現代の価値観に合わせて再生し、次の世代へと受け継ぐ「ブランドマネジメント企業」としての側面が強い。ラグジュアリー市場では、一度築いたブランド価値を守ることも難しいが、時代の変化に合わせて再び輝かせることはさらに難しい。その意味で、現在のケリングは世界のラグジュアリー業界において最も「ブランド再生力」が試されている企業であり、その挑戦の行方は投資家だけでなく、ファッション業界全体からも大きな注目を集めている。

まとめ:ブランドこそ、最大の競争力

ラグジュアリー企業への投資は、単にバッグや時計、ジュエリーが売れるかどうかを見極めるものではない。長い年月をかけて築かれたブランド価値や希少性、価格決定力、そして時代に合わせてブランドを進化させる経営力に投資することでもある。LVMHは多彩なブランド群を束ねる総合力、エルメスは希少性を守る経営哲学、リシュモンは高級時計・宝飾品で築いた圧倒的な信頼、そしてケリングはブランド再生への挑戦という、それぞれ異なる強みを持つ。短期的には景気や中国市場の動向に左右される局面もあるが、世界的な富裕層の拡大や新興国市場の成長を背景に、ラグジュアリー市場は今後も中長期的な成長が期待される。世界中の人々を魅了し続ける「ブランド」という無形資産が、これらの企業にとって何よりも大きな競争力であり続けるだろう。

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