
電動キックボードが変える「移動」のかたち
電動キックボードは、単なる新しい乗り物から、都市交通を補完するマイクロモビリティへと存在感を高めている。日本では2023年7月の改正道路交通法施行により、一定の基準を満たす車両が「特定小型原動機付自転車」として制度化され、16歳以上であれば運転免許なしで利用できるようになった。LuupやLimeなどのシェアリングサービスの拡大によって、駅から目的地までのラストワンマイルや観光地間の移動など、新たな需要も生まれている。一方で、交通ルールの周知や事故防止、道路環境との調和など課題も少なくない。
こうしたなか、電動キックボード市場を「車両」という視点だけで見るのではなく、鉄道、不動産、保険、観光、決済、データ活用などを含む大きなモビリティ市場として捉えることが重要になっている。西武ホールディングスや東急はLuupとの資本業務提携を通じて、鉄道とマイクロモビリティを組み合わせた沿線価値向上を目指す。一方、東京海上ホールディングスは保険や安全教育を通じて、新しい移動手段に伴うリスクへの対応を進めている。電動キックボードの普及は、交通手段そのものだけでなく、街づくりや企業のビジネスモデルにも変化をもたらす可能性を秘めている。
| コード | 企業名 | 電動キックボードとの関係 | 関連度 |
|---|---|---|---|
| 9024 | 西武ホールディングス | Luupと資本業務提携。西武沿線へのLUUP導入など、鉄道とマイクロモビリティの連携を推進 | ★★★★★ |
| 9005 | 東急 | Luupと資本業務提携。東急線沿線でのLUUP活用など、沿線価値向上を目指す | ★★★★★ |
| 8766 | 東京海上ホールディングス | Luupと資本業務提携。電動キックボードの保険、安全利用・事故防止などで協業 | ★★★★★ |
| 8697 | 日本取引所グループ | 直接事業ではないが、モビリティ関連企業の上場市場を通じた間接的な市場テーマ銘柄 | ★☆☆☆☆ |
| 8028 | ファミリーマート※ | Luupと資本業務提携し、店舗へのLUUPポート設置などで協業。ただし現在は非上場 | ― |
| 9503 | 関西電力 | 大阪・関西圏のモビリティ・都市サービスとの親和性が高く、関連テーマとして注目される | ★★☆☆☆ |
| 9433 | KDDI | MaaS・スマートシティなどモビリティDX領域で関連性。電動マイクロモビリティとの親和性が高い | ★★☆☆☆ |
| 9202 | ANAホールディングス | MaaS・ラストワンマイルなど、航空・観光と小型モビリティを組み合わせる領域で関連 | ★★☆☆☆ |
| 9020 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) | 駅を起点としたシェアモビリティ・MaaSとの親和性が高く、ラストワンマイル需要を取り込む可能性 | ★★☆☆☆ |
| 9021 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) | 鉄道とシェアモビリティを組み合わせたMaaS・沿線サービスとの関連性 | ★★☆☆☆ |
電動キックボードは「街の新しい足」になれるか――Luup・Limeから考える次世代モビリティの可能性
駅から目的地まであと少し。しかし歩くには少し遠く、タクシーを使うほどでもない――。こうした「ラストワンマイル」の移動を埋める存在として、電動キックボードをはじめとするマイクロモビリティへの注目が高まっている。日本では2023年7月に道路交通法が改正され、一定の条件を満たす電動キックボードなどが「特定小型原動機付自転車」という新しい車両区分に位置付けられた。これによって運転免許が不要となるなど、従来より利用へのハードルが下がった。現在はLuupやLimeなどのシェアリングサービスが都市部を中心に展開し、電動キックボードは単なる「新しい乗り物」から、都市交通を補完するサービスへと変わりつつある。
その代表格がLuupである。2020年にサービスを開始した「LUUP」は、電動キックボードだけでなく電動アシスト自転車なども扱うマイクロモビリティシェアサービスだ。2026年2月には江戸川区、葛飾区、足立区への進出によって東京23区すべてで利用可能となり、同社によればポート数は1万6000カ所を超え、アプリダウンロード数も500万を突破した。その後もサービスエリアを拡大し、2026年5月時点では全国17都道府県、72市区町村、ポート数1万7300カ所超まで規模を広げている。
一方、世界的なマイクロモビリティ企業であるLimeも日本市場で存在感を高めている。Limeは世界約30カ国で電動モビリティのシェアリングサービスを展開しており、日本でも電動キックボードを提供している。さらに2026年4月には、電動アシスト自転車「LimeBike」の日本展開を開始した。東京16区から順次配備を進めるなど、キックボードだけに依存せず、複数の車両を組み合わせて短距離移動の需要を取り込もうとしている点が特徴である。
電動キックボードの最大の可能性は、既存の公共交通を「置き換える」ことではなく、「補完する」ことにある。鉄道は大量輸送に強い一方、駅から目的地までの数百メートルから数キロ程度の移動には必ずしも最適とはいえない。バスも路線や時間帯によって利便性に差がある。そこに電動キックボードを組み合わせれば、「駅まで徒歩」「駅から目的地までLUUP」という移動が可能になる。特に大都市では、駅を中心に放射状に広がる既存交通網と、道路上を柔軟に移動できる小型モビリティを組み合わせることで、交通ネットワーク全体の使い勝手を高められる可能性がある。
観光との相性も良い。京都のように観光地が広範囲に分散している都市では、鉄道駅から観光スポットまでの移動手段が課題となる。Luupは京都で2021年からサービスを開始し、観光客の移動ルートを分散・多様化することで、市民の日常的な移動と観光の両方を支える交通インフラを目指している。2026年7月の「IVS2026」でも京都で大規模な特設ポートを設置しており、イベントや観光とマイクロモビリティを組み合わせる動きも広がっている。
さらに、地方都市にも可能性がある。人口減少や運転手不足を背景に、地方では公共交通の維持が難しくなっている。もちろん電動キックボードがバスの代替になるわけではないが、短距離移動を担う選択肢が増えれば、交通空白地帯を部分的に補える可能性がある。Luupも2026年5月には福井県おおい町で電動キックボードと電動アシスト自転車の提供を開始しており、都市部だけでなく地域交通の新たな選択肢として展開を進めている。
ただし、電動キックボードの普及には大きな条件がある。それが安全性と交通ルールの定着だ。特定小型原動機付自転車は、長さ190センチ以下、幅60センチ以下、定格出力0.6キロワット以下、最高速度20キロ以下などの基準を満たす必要がある。原則として車道の左側を通行し、16歳未満の運転は禁止されている。運転免許は不要だが、自賠責保険への加入とナンバープレートの取り付けが必要で、ヘルメットは努力義務となっている。
歩道を自由に走れるわけでもない。一定の条件を満たす「特例特定小型原動機付自転車」で、最高速度を6キロ以下に制限し、最高速度表示灯を点滅させるなどの条件を満たした場合に限って、道路標識などで通行可能な歩道を通行できる。しかもその場合は歩行者優先で、徐行しなければならない。つまり「免許不要だから自転車と同じ感覚でどこでも走れる」という理解は誤りであり、利用者への交通教育が市場拡大の重要な前提となる。
実際、安全面は今後の普及を左右する重要なテーマだ。警察庁によると、2024年中の特定小型原動機付自転車関連交通事故は338件、死者1人、負傷者350人だった。単独事故は100件で、そのうち転倒事故が71件を占めた。また、運転者が飲酒していた事故は51件で、全体の15.1%に上った。利用者が増えるほど、交通ルールを知らない人や危険な運転をする人が混在する可能性も高まるため、事業者と行政双方による安全対策が欠かせない。
その点で、シェアリング事業者がアプリや車両そのものを安全対策に活用できることは大きい。Luupは2026年6月、京都府・京都府警と連携し、鴨川沿いの通行禁止区域への進入を防ぐ「地域みまもりストップ機能」を導入した。位置情報を活用し、対象エリアでは自動的に停止させる仕組みである。これは、従来の交通規制をデジタル技術で補完する試みといえる。今後は位置情報、速度制御、AI、スマートフォンなどを組み合わせることで、「違反しないよう注意する」から「違反しにくい車両・サービスをつくる」方向へ安全対策が進む可能性がある。
法制度も市場の成長を左右する。2023年の制度変更によって電動キックボードが正式に交通体系へ組み込まれたことは大きな転換点だったが、新しい乗り物である以上、実際の利用状況を踏まえたルールの改善は今後も続くと考えられる。重要なのは、規制を強化するか緩和するかという二者択一ではなく、事故や危険走行の実態に応じて、車両性能、道路環境、利用者教育、事業者の責任を組み合わせて制度を設計することである。
電動キックボード市場を考える際には、「キックボードそのもの」だけを見る必要もない。ポートを提供する不動産、駅や鉄道を運営する企業、決済サービス、保険、位置情報、道路インフラ、観光、広告など、多くの産業が周辺市場として関係してくる。Luupが2026年に賃貸住宅関連イベントへ出展し、物件価値や街の回遊性を高めるポート導入を提案していることも、その象徴といえる。
電動キックボードの本当の価値は、移動そのものを劇的に速くすることではない。徒歩では遠い、タクシーではもったいない、バスでは待ち時間がある――そんな「交通のすき間」を埋めることにある。今後、鉄道やバス、シェアサイクル、タクシー、カーシェアなどとの連携が進めば、都市交通は「一つの乗り物を使い続ける」モデルから、「目的に応じて複数の移動手段を組み合わせる」モデルへ変わっていく可能性がある。LuupやLimeの競争は、単なるキックボード事業者同士の争いではない。次世代の都市交通において、誰がラストワンマイルを担うのかという競争でもある。安全性と法制度への対応を乗り越えられれば、電動キックボードは日本の交通インフラにおける「小さいが重要な足」として、存在感をさらに高める可能性がある。
西武ホールディングスが描く「鉄道×電動キックボード」――沿線価値を高める次世代モビリティ戦略
人口減少やライフスタイルの変化、運転士不足などを背景に、鉄道会社には「列車を走らせる」だけではない交通サービスの構築が求められている。特に注目されるのが、駅から目的地までのラストワンマイルを担うマイクロモビリティである。電動キックボードや電動アシスト自転車のシェアリングサービスは、鉄道と組み合わせることで公共交通の利便性を高める可能性を持つ。その代表例の一つが、西武ホールディングスと電動マイクロモビリティサービス「LUUP」を展開するLuupとの連携である。
2024年7月、Luupは西武ホールディングスの連結子会社であるブルーインキュベーション、そして東急と資本業務提携を締結した。目的は、次世代の移動インフラを構築し、沿線価値を高めるまちづくりを進めることである。西武グループとの提携では、西武線沿線やグループ施設へのLUUPポートの設置拡大、「LUUP for Community」の導入、地域住民や観光客の移動手段の確保などが掲げられた。出資額や具体的な出資比率などは公表されていないものの、西武グループがLuupの成長を単なる外部サービスとしてではなく、沿線戦略の一部として捉えていることがうかがえる。
そして、この提携が具体的な形になった事例が2025年5月の西武鉄道・練馬高野台駅である。同駅南口に西武鉄道の駅構内として初めてLUUPのポートが導入された。駅を降りた後、徒歩やバスだけでなく、電動キックボードや電動アシスト自転車を使って目的地へ向かうという新しい移動パターンが現実になったのである。これは西武ホールディングスにとって、鉄道利用者の移動範囲を駅の外へ広げる取り組みでもある。
鉄道会社にとって、ラストワンマイルの問題は以前から大きな課題であった。駅と目的地が近ければ徒歩で十分だが、1~3キロ程度になると徒歩では時間がかかる。一方で、路線バスは運行本数や経路に制約があり、タクシーは短距離利用では割高になりやすい。ここに電動キックボードのような小型モビリティが入れば、駅を起点とする移動手段の選択肢を増やすことができる。西武線沿線の住宅地、商業施設、観光施設などを鉄道と小型モビリティでつなげることは、沿線全体の回遊性を高める可能性がある。
西武ホールディングスは鉄道だけを運営する企業ではない。西武鉄道を中心に、ホテル・レジャー、不動産、スポーツなど幅広い事業を展開している。この事業ポートフォリオとマイクロモビリティの相性は良い。例えばホテルの宿泊客が駅から観光施設までLUUPを利用する、商業施設へ電動キックボードで移動する、レジャー施設の周辺を電動アシスト自転車で回遊するといった使い方が考えられる。鉄道の乗客を駅で降ろして終わりではなく、その後の消費行動まで含めて沿線内での滞在時間を伸ばすことができれば、交通事業と不動産・ホテル・レジャー事業の相乗効果も期待できる。
この点で重要なのが「駅」という場所の価値である。これまで駅は電車に乗るための施設という側面が強かった。しかし、シェアモビリティが普及すれば、駅は複数の交通手段を接続するモビリティ拠点へと変化する。鉄道で駅まで移動し、そこからLUUPに乗り換える。逆にLUUPで駅へ向かい、鉄道で都心へ移動する。こうした移動が日常化すれば、鉄道と電動キックボードは競争関係ではなく、相互補完関係になる。
実際、Luupと西武グループの提携では、単純にポートを増やすだけでなく、交通データなどを活用しながら沿線の利便性向上を目指す方向性が示されている。これは今後のモビリティビジネスを考えるうえで重要なポイントである。電動キックボードそのものは比較的単純な乗り物だが、どこに車両を置き、どの時間帯に需要が発生し、どの駅や施設をつなぐのかという「データとネットワーク」の部分には大きな価値がある。
一方で、電動キックボードの普及には安全面や法制度への対応が欠かせない。2023年7月に改正道路交通法が施行され、一定の条件を満たす車両は「特定小型原動機付自転車」に分類され、16歳以上であれば運転免許なしで利用できるようになった。これは市場拡大にとって大きな制度変更である一方、交通ルールを十分に理解していない利用者が増えるリスクも意味する。車道通行を原則とすること、信号や一時停止などの交通ルールを守ること、飲酒運転が禁止されていることなど、利用者への教育が不可欠である。
だからこそ、鉄道会社とマイクロモビリティ事業者の連携では、安全性も重要なテーマになる。西武グループのような交通インフラ企業が関与することで、駅や沿線施設という公共性の高い場所にポートを設置する際のルールづくりや、利用者への啓発などを進めやすくなる可能性がある。電動キックボードが単なるシェアリングサービスから公共交通を補完するインフラへ成長するためには、車両を増やすだけではなく、道路、駅、施設、利用者を含めたエコシステムを構築する必要がある。
西武ホールディングスにとって、LUUPとの連携は新規事業そのものによる収益だけを評価するものではないだろう。むしろ重要なのは、鉄道沿線全体の価値を高めることである。駅から少し離れた住宅地や商業施設、ホテル、観光スポットなどへのアクセスが改善すれば、「西武線を使ってみよう」「西武沿線に住んでみよう」「西武グループの施設を利用しよう」という選択につながる可能性がある。つまり電動キックボードは、鉄道会社にとって「移動手段」であると同時に「沿線価値を高める装置」になり得る。
今後の焦点は、LUUPポートの拡大だけではない。西武線沿線で蓄積される移動データをどのように活用するのか、鉄道・ホテル・商業施設・観光施設をどのようにつなげるのか、そして利用者の安全をどう確保するのかが重要になる。また、電動キックボードだけでなく、電動アシスト自転車など複数のマイクロモビリティを組み合わせれば、年齢や目的、距離に応じた移動手段を提供しやすくなる。
西武ホールディングスとLuupの提携は、電動キックボード関連銘柄という狭い視点だけで見ると見落としやすい。むしろ「鉄道×不動産×観光×マイクロモビリティ」という複合的な成長戦略として見るべきだろう。鉄道が人を街へ運び、電動キックボードが駅から街の細部へ人を運ぶ。こうした役割分担が定着すれば、駅を中心とした街づくりそのものが変わる可能性がある。
電動キックボードは、鉄道の代替にはならない。しかし、鉄道では届きにくい場所を補完する「最後の数キロ」の交通手段としては大きな可能性を持つ。西武ホールディングスがLuupとの連携をどこまで沿線価値の向上につなげられるかは、今後の同社のモビリティ戦略を占ううえでも注目される。電車を走らせるだけの鉄道会社から、人の移動そのものをデザインする「総合モビリティ企業」へ――。電動キックボードとの連携は、その変化を象徴する取り組みの一つになりそうだ。
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東急が電動キックボードを取り込む理由――「鉄道会社」から「移動と街をデザインする企業」へ
電動キックボードをはじめとするマイクロモビリティが、都市交通の新たな選択肢として存在感を高めている。日本では2023年7月の改正道路交通法施行によって、一定の基準を満たす車両が「特定小型原動機付自転車」として制度上明確に位置付けられ、16歳以上であれば運転免許なしで利用できるようになった。これを追い風に、Luupが展開する「LUUP」などのシェアリングサービスが都市部を中心に普及している。こうした流れの中で注目したいのが、東急とLuupの資本業務提携である。東急にとって電動キックボードは単なる新しい交通手段ではなく、鉄道を軸とした「沿線まちづくり」をさらに進化させるための重要なピースになり得る。
2024年7月、Luupは東急と資本業務提携契約を締結した。目的は、次世代の移動インフラを構築するとともに、東急線沿線の価値を高めるまちづくりを推進することである。両社は以前から協業しており、Luupは東急のアクセラレートプログラムへの参加をきっかけに東急グループとの事業共創を進めてきた。2024年7月時点ですでに東急線沿線20カ所以上にLUUPが導入されていたという。今回の資本業務提携によって、単なるポート設置にとどまらず、交通データの分析を通じたポート設置戦略の策定や、東急グループ施設周辺などの交通結節点へのポート設置、オペレーション効率化などへ連携を広げる方針が示された。
この取り組みを理解するうえで重要なのが、東急の事業モデルである。東急は鉄道会社というイメージが強いが、実際には不動産、ホテル、商業施設、生活サービスなどを幅広く展開する企業グループの中核を担っている。特に東急線沿線では、駅と住宅、商業施設、オフィス、文化・エンターテインメント施設などを一体的に開発してきた。つまり東急にとって鉄道は、単に運賃収入を得るための交通手段ではなく、人を沿線へ呼び込み、街を形成するための基盤でもある。その意味で、駅から目的地までの移動を補完する電動キックボードとの相性は非常に良い。
例えば、駅から徒歩では少し距離がある施設を考えてみたい。徒歩では15~20分かかるが、タクシーを使うほどではない。バスなら待ち時間や運行ルートの制約がある。こうした「ちょうど移動手段が足りない距離」を電動キックボードや電動アシスト自転車が埋めることができれば、駅から街への人の流れは変わる。東急が進めてきた沿線開発にLUUPを組み合わせることで、鉄道利用者を駅の周辺だけでなく、より広い範囲へ回遊させられる可能性がある。
これは東急にとって、不動産事業との相乗効果も期待できる。例えば駅から少し離れた住宅や商業施設にLUUPポートがあれば、移動の不便さを軽減できる。マンションにとっては駅距離だけでは測れない利便性を提供でき、商業施設にとっては来店手段の選択肢を増やせる。ホテルであれば宿泊客の観光や周辺回遊を促すことも可能だ。電動キックボードそのものから大きな利益を得るというより、「移動しやすい街」をつくることで、東急が持つ不動産・商業・ホテルなどの資産価値を高めるという発想である。
さらに注目されるのが、交通データの活用だ。東急とLuupは、両社の交通データを分析して東急線沿線のポート設置戦略などを策定するとしている。これはマイクロモビリティの普及において極めて重要な要素である。電動キックボードは、単に車両を増やせば利用者が増えるわけではない。駅からどこへ人が移動するのか、どの時間帯に需要が発生するのか、住宅地と商業地の間にどのような移動があるのかを把握し、適切な場所にポートを設置する必要がある。鉄道会社が持つ駅利用データや沿線の街づくりに関する知見と、シェアモビリティ事業者の利用データを組み合わせることで、より効率的な交通ネットワークを構築できる可能性がある。
さらに、東急とLuupの取り組みは防災という観点からも興味深い。資本業務提携では、東急線沿線のLUUPポートを多機能化し、例えば防災拠点としての機能を搭載することも検討されている。普段は短距離移動のためのポートとして利用しながら、災害時には情報提供や地域の拠点として機能させるという考え方である。交通インフラとデジタル技術を組み合わせることで、マイクロモビリティのポートを単なる「駐車場所」から地域インフラへと発展させる余地がある。
もちろん、電動キックボードの普及には課題もある。特定小型原動機付自転車は原則として車道を通行し、16歳未満は運転できない。自賠責保険への加入やナンバープレートの取り付けも必要である。また、飲酒運転は禁止され、交通ルールを守ることが求められる。ヘルメットは努力義務だが、安全確保のため着用が推奨される。免許不要という制度は利用者を増やすうえで大きなメリットである一方、利用者が自転車以上に気軽な乗り物と誤認すれば事故や交通違反につながるリスクもある。そのため、事業者だけでなく、駅や商業施設、自治体、警察などを含めた安全対策が重要になる。
東急にとっても、安全性の確保は沿線価値と直結する問題だろう。電動キックボードが沿線住民から「便利で安全な移動手段」と評価されれば、東急線の利便性向上につながる。一方、事故や危険走行が頻発すれば、鉄道会社が築いてきた街のブランドイメージにも影響しかねない。だからこそ、単にLUUPポートを増やすだけではなく、利用者への交通ルール啓発、ポートの適切な配置、道路環境との調整などを含めた総合的な取り組みが必要となる。
また、東急が取り組むべきテーマは電動キックボードだけではない。LUUPは電動アシスト自転車なども展開しており、利用者の年齢、目的、距離などに応じてモビリティを使い分ける方向へ市場が進む可能性がある。電動キックボードだけに限定せず、複数の小型モビリティを駅や商業施設、住宅、観光施設などで接続すれば、東急線沿線そのものが一つのモビリティネットワークへ変わっていく。
投資という視点で見ても、東急と電動キックボードの関係は興味深い。電動キックボード事業そのものの収益規模だけを見れば、東急グループ全体を大きく左右するほどではない。しかし重要なのは、マイクロモビリティを起点として、鉄道、不動産、商業、ホテル、観光、データ活用など複数の事業をつなげられる点にある。鉄道で人を運び、駅で降ろし、LUUPなどで街の中を回遊してもらい、商業施設やホテル、不動産へ消費を誘導する。この循環が形成されれば、電動キックボードは単なる移動サービスではなく、東急の「まちづくり」を支えるインフラの一部となる。
東急とLuupの提携は、「電動キックボード関連銘柄」という切り口だけでは捉えきれない。むしろ、鉄道会社が移動そのものをデザインする時代への転換を象徴する取り組みと見るべきだろう。人口減少や自動車依存、ラストワンマイルといった都市交通の課題が深まる中、駅と街をどうつなぐかは今後ますます重要になる。東急が長年培ってきた沿線開発のノウハウと、Luupが持つマイクロモビリティのネットワークが組み合わさることで、「駅を中心に街をつくる」から「街全体を移動しやすくする」へと、沿線価値の考え方が進化する可能性がある。電動キックボードは、その変化を象徴する小さな乗り物でありながら、東急の次世代のまちづくりを支える大きなピースになるかもしれない。
東京海上HD×電動キックボード――「事故に備える保険会社」から「安全な移動社会をつくる企業」へ
電動キックボードが都市部を中心に普及するなか、保険業界にも新たなビジネス機会が生まれている。日本では2023年7月の改正道路交通法施行によって、一定の基準を満たす電動キックボードが「特定小型原動機付自転車」という新たな車両区分に位置付けられた。16歳以上であれば運転免許が不要となったことで利用の裾野が広がる一方、交通事故やルール違反といった新たなリスクも顕在化している。こうした市場で注目されるのが、東京海上ホールディングスと、電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP」を展開するLuupとの関係である。両社は2021年10月に資本業務提携を結び、単に事故が起きた後に保険金を支払うという従来型の保険ビジネスを超えて、電動キックボードそのものの安全性や社会受容性を高める取り組みを進めてきた。
東京海上ホールディングスとLuupの資本業務提携は、電動キックボード市場がまだ実証実験段階にあった2021年に始まった。当時から両社は、安心・安全なマイクロモビリティの利用環境を構築することを目的として、電動キックボードの安全性向上や社会受容性の向上に向けた協業を進める方針を示していた。さらに、スマートシティやMaaSといった新しい交通領域で、データを活用した実証実験や新サービスの開発も視野に入れていた点が重要である。つまり東京海上にとってLuupとの提携は、単純な保険商品の販売先を確保するだけではなく、これから生まれる新しいモビリティ社会のリスクを理解し、商品やサービスへつなげるための戦略的な取り組みといえる。
電動キックボード市場が保険会社にとって興味深いのは、「新しい乗り物」であるがゆえに、従来の自動車保険や自転車保険だけでは捉えにくいリスクが存在するからだ。自動車ほど大きくなく、自転車よりも速度が出る車両もある。さらに、シェアリングサービスでは利用者が車両を所有せず、アプリから簡単に借りられる。利用者層も幅広く、観光客や日常の移動で初めて乗る人もいる。利便性が高い半面、交通ルールを十分に理解しないまま利用するリスクがある。保険会社にとっては、こうした新しいリスクを分析し、事故を減らしながら適切な補償を設計することが重要になる。
東京海上とLuupは、こうした課題に対して「事故が起きてから対応する」のではなく、「事故そのものを減らす」方向で協業してきた。その代表例が安全講習会である。2021年12月には東京海上日動の本店で安全講習会を開催し、交通ルールのレクチャーや試乗体験を実施した。警視庁の協力も得ながら、正しい走行方法を利用者に伝える取り組みである。これは保険会社の役割が「補償」だけではないことを示す象徴的な事例だろう。事故が減れば保険会社にとってもメリットがあるが、それ以上に、安全な交通環境が形成されることは新しいモビリティ市場そのものの持続可能性につながる。
さらに両社は2022年に電動キックボードの利用ガイドブックを共同制作した。2023年7月に改正道路交通法が施行されると、新しい交通ルールを盛り込んでガイドブックをリニューアル。電動キックボードだけでなく、自転車の交通ルールや走行時の注意点も取り上げ、安全講習会などを通じた周知を進めている。2023年には「#ShareSafety」という安全啓発活動も開始し、LUUPのポート看板に交通安全を呼びかけるポスターを掲示した。
この取り組みは、東京海上HDのビジネスモデルを考えるうえでも興味深い。保険会社の基本的な役割は、事故や災害などのリスクを引き受け、万一の際に経済的な損失を補償することである。しかし、デジタル技術が進歩した現在では、事故後の補償だけでなく、事故を未然に防ぐ「予防・防災・安全」領域へ事業を広げることが可能になっている。電動キックボードは、その実証フィールドとして分かりやすい存在である。利用データや事故データなどを分析すれば、どの場所で事故が起こりやすいのか、どのような利用者が危険な行動をしやすいのか、どのような道路環境に問題があるのかといった情報を蓄積できる可能性がある。
実際、電動キックボードの普及には安全面の課題が残る。東京海上日動の2025年の解説では、警察庁のデータとして、改正道路交通法施行後1年間の特定小型原動機付自転車関連事故が219件だったことや、違反の内訳では通行区分違反、信号無視などが多かったことが紹介されている。特にレンタル車両による事故が多いことも指摘されており、シェアリングサービスの拡大と安全対策は切り離せない関係にある。
法律面でも、電動キックボードは自動車や自転車とは異なる扱いを受ける。特定小型原動機付自転車は自賠責保険への加入が必要であり、東京海上日動もその必要性を案内している。さらにLUUPは、電動キックボードについて自賠責保険に加えて任意保険にも加入しているとしている。これはシェアリングサービスにおいて、利用者だけでなく事故の相手方なども含めたリスク管理が重要であることを示している。
今後、電動キックボードがさらに普及すれば、保険会社に求められる役割はより広がる可能性がある。例えば、走行距離や走行場所、利用時間帯、速度などのデータを活用してリスクを分析し、事故リスクに応じた保険設計を行うことが考えられる。将来的には、利用者の運転特性に応じた安全啓発や、危険な走行を検知した場合の警告など、「保険×データ×モビリティ」の融合が進む可能性もある。
もっとも、東京海上HDにとって電動キックボードがすぐに巨大な収益柱になると見るのは早計である。現在の市場規模や保険料収入だけで、グループ全体の業績を大きく左右するテーマではない。むしろ重要なのは、新しいモビリティ市場の成長過程に早い段階から関与し、そこから得られる知見を次世代の保険・リスクマネジメント事業につなげることにある。
電動キックボードに限らず、自動運転車、ドローン、ロボット配送、シェアリングカーなど、新しい移動サービスが増えれば、これまで存在しなかったリスクが次々に生まれる。誰が事故の責任を負うのか、車両の所有者と利用者の責任をどう分けるのか、AIが判断した結果に事故が起きた場合はどうするのか――。こうした問題に対して、保険会社はリスクを金銭的に補償するだけでなく、リスクそのものを分析し、社会に受け入れられる仕組みをつくる役割を担う。
その意味で、東京海上HDとLuupの関係は「電動キックボード関連銘柄」という一言では片付けられない。東京海上にとってLuupは、新しいモビリティ社会におけるリスクを学び、事故を減らし、保険やデータサービスなど新たな価値を生み出すためのパートナーと位置付けられる。Luup側にとっても、保険会社との連携は、利用者や社会からの信頼を高めるうえで重要だ。
電動キックボードが日本の交通インフラとして定着するためには、「便利だから普及する」だけでは不十分である。安全であること、事故が起きた場合に適切な補償があること、利用者がルールを理解していること、そして社会全体が新しい交通手段を受け入れることが必要になる。その土台を支えるのが保険とリスクマネジメントである。
東京海上HDとLuupの提携は、まさにその変化を象徴している。事故が起きてから保険金を支払う「事後対応型」の保険から、データや安全教育を通じて事故を減らす「予防型」の保険へ。電動キックボードという小さな乗り物を起点に、保険会社の役割そのものが変わろうとしている。今後、マイクロモビリティや自動運転など新しい移動手段が広がるほど、東京海上HDが蓄積するリスク分析や安全対策のノウハウは、次世代モビリティ時代の競争力につながる可能性がある。




