
拡大する日本の富裕層市場、その資産と消費を取り込む企業
日本で富裕層市場が存在感を高めている。野村総合研究所によれば、2023年時点で純金融資産1億円以上の富裕層と5億円以上の超富裕層は合計165.3万世帯に達し、保有する純金融資産は469兆円に上る。株式などの資産価格上昇に加え、相続や資産形成によって「いつの間にか富裕層」となる世帯も増えている。富裕層の増加は、金融資産だけでなく、高級品、住宅、旅行、ホテル、外食、アート、医療、家事代行など幅広い市場に波及する。一方、行政には税負担の公平性を確保しながら、富裕層の資産を投資や事業承継などを通じて社会全体へ循環させる役割も求められる。本特集では、富裕層の「資産」「消費」「時間」「体験」に着目し、その市場を取り込む上場企業のビジネスモデルを探る。
| 企業名 | コード | 主な富裕層ビジネス | 面白いポイント |
|---|---|---|---|
| リゾートトラスト | 4681 | 会員制ホテル、メディカル、シニア | 富裕層を「一生涯」囲い込む独特のビジネスモデル |
| 三越伊勢丹HD | 3099 | 外商、高級品、百貨店 | 富裕層消費の代表格。外商から体験・不動産へ展開 |
| 野村HD | 8604 | ウェルス・マネジメント、資産運用 | 富裕層の「消費」ではなく「資産」を取り込む |
| 大和証券グループ本社 | 8601 | 資産運用、相続、事業承継 | 高齢富裕層の資産承継という巨大テーマ |
| ポピンズ | 7358 | 家事・育児・介護・シルバーケア | 「時間を買う」富裕層向けサービス |
| SHINWA WISE HD | 2437 | 美術品オークション、アート | 富裕層の資産・趣味としての「アート」に直結 |
| ひらまつ | 2764 | 高級レストラン、ホテル | 「モノ」から「体験」へ向かう富裕層消費の象徴 |
| Y’sテーブルコーポレーション | 2798 | 高級レストラン、会員制・高単価飲食 | 富裕層・インバウンドの高級外食需要を取り込む |
| 住友林業 | 1911 | 高級注文住宅、不動産 | 富裕層の住宅・資産形成・海外不動産まで幅広い |
| ヤマハ発動機 | 7272 | 大型ボート、プレジャー事業 | 「超富裕層のレジャー」というニッチな市場 |
日本の富裕層が過去最多へ――469兆円の資産をどう社会と経済に生かすか
日本の富裕層市場が大きな転換期を迎えている。野村総合研究所(NRI)が2025年2月に公表した最新推計によると、2023年時点で純金融資産を1億円以上保有する「富裕層」と5億円以上の「超富裕層」は合計165.3万世帯に達した。内訳は富裕層153.5万世帯、超富裕層11.8万世帯で、合計世帯数は2005年の推計開始以来、最多となった。さらに、これらの世帯が保有する純金融資産は合計469兆円に達している。2021年と比較すると世帯数は11.3%、資産総額は28.8%増加しており、日本の富裕層市場は明らかに拡大局面にある。
ここでいう純金融資産とは、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険などの金融資産から負債を差し引いたものだ。つまり、土地や住宅などの不動産を含めた「総資産」ではない。それでも469兆円という規模は極めて大きい。しかも増加の背景には、単純な高所得者の増加だけではなく、株価上昇や円安による金融資産価値の拡大、相続による資産移転などがある。NRIは、株式相場の上昇などによって資産運用額が膨らみ、本人が意識しないまま1億円を超えた「いつの間にか富裕層」の存在を指摘している。
この現象は、富裕層ビジネスの姿を変えている。従来の富裕層といえば、創業者や経営者、地主、医師などをイメージしやすかった。しかし現在は、会社員として働きながら株式や投資信託、確定拠出年金、NISAなどを活用し、長期的な資産形成によって富裕層に到達する人も増えている。さらにNRIは、都市部の大企業に勤める共働き世帯で世帯年収3,000万円以上となる「スーパーパワーファミリー」にも注目している。高い所得を得ながら資産形成を進めるこうした世帯は、将来的な富裕層予備軍となる可能性がある。
富裕層の増加は消費市場にも影響を与える。高級時計や宝飾品、自動車、住宅、海外旅行、ホテル、外食、アートなどはもちろん、家事代行、教育、介護、健康、資産管理といった「時間や安心を買うサービス」への需要も大きい。特に注目されるのが、モノからコトへの消費シフトである。高額なブランド品を購入するだけではなく、会員制リゾート、高級ホテル、クルーズ、ゴルフ、グルメ、ウェルネスなど、他人との差別化を図りやすい体験への支出が広がっている。富裕層ビジネスを考える際には「高級品を売る企業」だけでなく、「資産を運用する企業」「時間を節約する企業」「特別な体験を提供する企業」まで視野に入れる必要がある。
一方で、行政にとって富裕層の増加は単純に歓迎すべき話ではない。資産価格の上昇によって富裕層が増える一方、資産をほとんど持たない世帯との格差が拡大すれば、社会的な分断につながる可能性がある。そこで重要になるのが「富裕層からどれだけ税を取るか」だけではなく、「増えた資産をどのように社会全体の成長につなげるか」という視点だ。
実際、政府は高所得者への負担適正化を進めている。2026年度税制改正では、極めて高い水準の所得に対する負担の見直しが行われ、追加負担を計算する際の特別控除額を1億6,500万円へ引き下げ、税率を30%へ引き上げることが決まった。適用は2027年分の所得税からとなる。
同時に、行政には富裕層の資産を国内の成長分野へ循環させる役割も求められる。政府がNISAを拡充し、2027年からは0~17歳にもつみたて投資枠を設ける方向を示していることは、その象徴といえる。資産形成を一部の富裕層だけのものにせず、若年層を含む幅広い世代に投資を広げることで、「貯蓄から投資へ」の流れを社会全体に定着させようとしている。
さらに今後、大きなテーマとなるのが相続だ。2024年分の相続税申告では、申告書の提出に係る被相続人数が16万6,730人、課税価格の総額は23兆3,846億円、申告税額は3兆2,446億円となり、いずれも基礎控除引き下げ後の平成27年分以降で最高となった。高齢化が進む日本では、富裕層の資産が次世代へ移る「大相続時代」が本格化しつつある。
このため行政に求められるのは、課税強化と同時に、円滑な資産承継を支える仕組みづくりである。事業承継を促進し、相続によって企業や土地、金融資産が細分化されることを防ぎながら、次世代の起業や投資へ資金を回すことができれば、富裕層の資産は「格差の象徴」から「成長資金」へと姿を変える可能性がある。
日本の富裕層市場は、今後さらに二極化していくと考えられる。一方には、株式や不動産、事業資産などを長年保有してきた超富裕層が存在し、もう一方では、共働きの高所得会社員や資産運用によって新たに富裕層となった人々が増えていく。前者には高度な相続・資産管理サービス、後者には金融教育やデジタル型ウェルスマネジメントなど、それぞれ異なるニーズが生まれる。
株式市場から見ても、この変化は重要だ。野村ホールディングスや大和証券グループ本社のような資産運用関連企業だけでなく、三越伊勢丹ホールディングス、リゾートトラスト、住友林業、ポピンズ、SHINWA WISE HOLDINGSなど、富裕層の「資産」「時間」「体験」を取り込む企業には成長余地がある。富裕層の増加は単なる高級消費ブームではなく、日本の金融、消費、不動産、観光、教育、介護、相続、さらには行政の税制までを横断する巨大な社会テーマになっている。
469兆円という巨額の資産を、消費だけで終わらせるのか、次世代への承継や企業投資、スタートアップ、地域経済などへ循環させるのか。日本の富裕層政策は今、課税の公平性と経済成長の両立という難しい課題に直面している。富裕層が増えること自体は、資産価格や経済成長の一つの結果でもある。だからこそ行政には、富裕層を単に「課税対象」と見るのではなく、社会全体の成長を支える資本の担い手として捉える視点が求められている。
富裕層の「いい人生」を囲い込む――リゾートトラストが描く会員制ビジネスの強さ
日本の富裕層市場を考えるうえで、リゾートトラスト(4681)は非常に興味深い存在である。同社は自らを「国内富裕層を主要なターゲットとした日本で唯一の会員制事業会社」と位置付け、リゾートとメディカルを二本柱として事業を展開している。一般的なホテル会社との最大の違いは、宿泊客をその都度獲得するのではなく、会員権を通じて顧客と長期的な関係を築く点にある。2026年8月時点でホテル会員数は10万人以上、メディカル会員を含むグループ全体の会員数は21万人を超える。さらに新規契約の約80%が既存顧客からの紹介という数字も、会員制ビジネスの強固な顧客基盤を象徴している。(リゾート)
リゾートトラストの原点は1973年にさかのぼる。50年以上にわたって会員制という仕組みを磨き、概ね年1施設のペースで新たな施設を開業しながら会員を増やしてきた。現在では国内会員制リゾートクラブでトップシェアを持ち、2026年6月末時点で国内会員制ホテル39施設を運営している。同社の強みは単に高級なホテルを保有していることではなく、顧客が会員権を購入し、その後も施設を利用し続けることで、企業と顧客との関係が長期化する仕組みにある。(リゾート)
このモデルが面白いのは、「富裕層=高級品を買う人」という従来型のイメージを超えている点だ。富裕層が求めるものは、高級車や時計、宝飾品だけではない。むしろ資産形成が進んだ人ほど、「時間」「健康」「家族との体験」「安心」といった目に見えにくい価値にお金を使う傾向がある。リゾートトラストは、まさにそこを狙っている。休日には会員制ホテルを利用し、ゴルフを楽しみ、年齢を重ねればメディカルサービスやシニア向けサービスを利用する。つまり、一つの商品を売って終わるのではなく、顧客の人生の変化に合わせてサービスを提供できるのである。
同社自身も、会員のライフステージに応じて新しいニーズに対応できることをビジネスモデルの特徴として挙げている。さらに会員数は20万人程度である一方、実際の利用者はその近親者を中心に数百万人規模に及ぶとしており、一人の会員を起点に家族全体へサービス利用が広がる構造を持つ。これは一般的なホテル事業とは異なる大きな特徴である。(リゾート)
現在の日本では富裕層そのものが増えている。野村総合研究所の推計では、2023年時点で純金融資産1億円以上の富裕層と5億円以上の超富裕層は合計165.3万世帯に達し、保有する純金融資産は469兆円に上る。株式や投資信託など金融資産の増加を背景に、「いつの間にか富裕層」と呼ばれる層も生まれている。こうした市場環境は、富裕層を主要顧客とするリゾートトラストにとって追い風となり得る。
しかも、日本の富裕層市場は今後、単純な「モノ消費」から「体験消費」「ウェルビーイング消費」へと広がる可能性がある。旅行、食、健康、スポーツ、医療、介護など、生活そのものの質を高めるサービスへの需要は大きな市場になる。リゾートトラストがホテルだけでなく、メディカル、シニアライフなどへ事業領域を広げてきたことは、この変化と重なる。
実際、同社は2026年に入っても積極的に事業を拡大している。2026年2月には完全会員制リゾートホテル「サンクチュアリコート日光 ジャパニーズモダンリゾート」を開業した。これは高山、琵琶湖に続く「サンクチュアリコート」ブランドの第3弾であり、今後も八ヶ岳、外房雀島、金沢、淡路島などでの開業が予定されている。
さらに注目したいのがメディカル事業である。2026年8月には、連結子会社のアドバンスト・メディカル・ケアが三菱商事との資本業務提携を発表。海外市場への高付加価値医療の展開などを目指すとしている。同社のメディカル事業は、会員制医療「ハイメディック」を中核に、一般健診、サプリメント・化粧品、先端医療、国際事業などへ広がっており、2034年度にメディカル事業で営業利益200億円を目標としている。
ここには、リゾートトラストの次の成長戦略が見えてくる。これまでの「旅行・余暇」だけではなく、「健康・医療」まで顧客との接点を広げることで、会員一人当たりの生涯価値、いわゆるLTVを高めようとしているのである。同社は今後、会員制プラットフォームとしての機能を拡充し、顧客との共創関係を強化する方針も掲げている。
高齢化という日本社会の構造変化も、この戦略と相性が良い。富裕層の中にも高齢者が増えれば、「旅行を楽しむ」だけでなく、「健康を維持する」「病気を早期発見する」「老後を快適に暮らす」といったニーズが強まる。リゾート、医療、シニアライフを一つの顧客基盤でつなぐことができれば、同社は富裕層の人生の一部分ではなく、人生そのものに寄り添う企業へと変わっていく可能性がある。
業績面でも事業拡大が続いている。2025年度の売上高は2,630億円で、2026年度は2,550億円を計画する一方、営業利益は310億円、前年比6.3%増を見込んでいる。2025年度には「サンクチュアリコート日光」の不動産部分などの収益計上が寄与しており、ホテル開業に伴う売上の計上タイミングによって年度ごとの数字が動きやすい点には注意が必要だが、会社側は事業全体として増益を見込んでいる。
投資テーマとして考えた場合、リゾートトラストの魅力は「富裕層」という分かりやすいテーマだけではない。日本の富裕層増加、少子高齢化、健康志向、体験消費、旅行需要、インバウンド、資産承継といった複数のテーマが重なっている点にある。さらに会員制という仕組みによって顧客との接点を長期間維持できるため、景気変動の影響を受けながらも、顧客基盤を積み上げていける可能性がある。
もちろん、会員権販売に依存する部分やホテル開発に伴う投資負担、景気悪化時の高額消費抑制、人材確保など、確認すべきリスクもある。富裕層市場が拡大しているからといって、すべての高級サービス企業が同じように成長するわけではない。しかし、リゾートトラストの場合、ホテルだけでなく医療、シニア、ウェルネスへと顧客接点を広げられることが強みとなる。
「富裕層向けビジネス」というテーマで同社を見るなら、単なる高級ホテル会社として捉えるのはもったいない。むしろ、富裕層の「お金を使う場所」を提供する企業から、「富裕層の人生そのものを支える会員制プラットフォーム」へ変化しようとしている企業と見るべきだろう。日本で富裕層が増え、その資産が次世代へ移っていく中で、彼らが求めるのは必ずしもモノだけではない。豊かな時間、健康、家族との思い出、安心できる老後――そうした「いい人生」そのものに価値を感じる人が増えるなら、その市場を先取りしてきたリゾートトラストの存在感は、今後さらに高まる可能性がある。
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百貨店から「個客業」へ――三越伊勢丹HDが狙う富裕層消費の現在地
日本の富裕層消費を考えるうえで、三越伊勢丹ホールディングス(3099)は外せない存在である。百貨店というと、衣料品や化粧品、食品などを幅広く販売する小売業をイメージしやすいが、三越伊勢丹が本当に強みを持つのは、長年にわたって築き上げてきた富裕層との関係性にある。特に外商は、百貨店の中でも代表的な高付加価値ビジネスだ。担当者が顧客一人ひとりの好みやライフスタイルを把握し、商品提案から購入、アフターフォローまでを担う。店舗を訪れて商品を探すのではなく、百貨店側から顧客のもとへ価値を届けるという発想である。
この「顧客との関係性」こそ、三越伊勢丹HDが今後の成長戦略で重視しているポイントだ。同社は中期経営計画において、百貨店を単なる「館」として運営するのではなく、「個客業」への転換を掲げている。これは、店舗という場所を中心に商品を販売する従来型の百貨店から、一人ひとりの顧客を起点にサービスや商品、体験を組み立てる企業へ変わっていくことを意味する。百貨店の価値を建物や売場だけに求めるのではなく、顧客を知り、顧客と長期的な関係を築くことそのものを競争力にする考え方だ。
この戦略が富裕層市場と相性が良い理由は明確である。富裕層にとって、価格だけが商品を選ぶ基準ではない。希少性、品質、信頼性、利便性、特別感、そして「自分のことを理解してくれている」という安心感が重要になる。例えば、一般的なECサイトでは大量の商品から自分で選ばなければならないが、外商では顧客の趣味嗜好や過去の購入履歴などを踏まえて商品を提案してもらえる。時間そのものが価値となる富裕層にとって、これは大きなメリットだ。
近年の富裕層市場の拡大も追い風となる。野村総合研究所によれば、2023年時点で純金融資産1億円以上5億円未満の富裕層と、5億円以上の超富裕層は合計165.3万世帯に達し、保有する純金融資産は469兆円と推計されている。2021年から世帯数、資産額ともに大幅に増加しており、日本では富裕層市場そのものが拡大している。特に株式などの資産価格上昇を背景に、本人が意識しないまま富裕層となる「いつの間にか富裕層」も増えている。
こうした市場では、「高い商品を売る力」だけでなく、「高額消費を継続的に引き出す力」が重要になる。三越伊勢丹の外商は、その点で非常に強い。顧客との接点が一度きりではなく、衣料品、宝飾品、時計、食品、家具、旅行、アートなど、人生のさまざまな場面に広がっているからだ。一人の顧客から複数カテゴリーの購買を引き出せれば、顧客生涯価値、いわゆるLTVを高めることができる。
さらに注目されるのが、店舗そのものの役割の変化である。百貨店はこれまで「商品を売る場所」だった。しかし富裕層を中心とする顧客にとって、リアル店舗は商品を見る場所であると同時に、特別なサービスを受けたり、文化や情報に触れたり、人と交流したりする場所にもなり得る。三越伊勢丹はこうしたリアルとデジタルを融合しながら、顧客との接点を増やす方向に進んでいる。
その象徴的な存在が、伊勢丹新宿店だ。ファッションやコスメ、食品などの品ぞろえだけでなく、イベントや限定商品、ブランドとの協業などを通じて、「ここでしか得られない体験」を提供している。高級ブランドが独自店舗やECを強化する中で、百貨店側が単なる販売代理店になれば存在価値は低下する。しかし、百貨店だからこそ集められるブランド、文化、サービスを組み合わせ、顧客に特別な体験を提供できれば、むしろリアル店舗の価値を高めることができる。
富裕層消費の変化も見逃せない。かつては高級時計や宝飾品、ブランドバッグなど「所有すること」に価値が置かれやすかったが、現在は旅行、グルメ、アート、ウェルネスなど「体験すること」への支出も重要になっている。三越伊勢丹にとって、これは新しい商機となる。商品だけを販売するのではなく、食、文化、旅行、イベントなどを組み合わせることで、顧客のライフスタイルそのものに入り込むことができるからだ。
また、インバウンドも高付加価値消費を押し上げる要因となる。訪日外国人の増加に伴い、日本の百貨店では高級ブランド、時計、宝飾品などの需要が注目されている。特に円安局面では、日本国内で販売される高級品が海外の富裕層にとって相対的に割安になるケースもあり、免税売上などを通じて百貨店の業績を押し上げる可能性がある。一方、為替変動や訪日客の国籍構成、海外景気などに左右されやすいため、インバウンドだけに依存しない国内富裕層との関係構築が重要になる。
三越伊勢丹HDの業績を見るうえでも、単純な来店客数だけではなく、顧客一人当たりの購買額や外商の動向、高付加価値商品の販売状況などを見る必要がある。一般消費者向けの小売業では、客数や客単価が重要な指標となるが、「個客業」を目指す三越伊勢丹では、どれだけ顧客との関係を深め、継続的な購買につなげられるかが重要な経営指標になる。
さらに面白いのが、富裕層市場とデジタル化の組み合わせだ。富裕層向けサービスは従来、担当者による対面型の接客が中心だった。しかしデジタル技術を活用すれば、購買履歴や嗜好、来店情報などを分析し、より精度の高い提案が可能になる。人による「おもてなし」とデータによる「個客理解」を組み合わせれば、外商ビジネスをさらに高度化できる。百貨店のデジタル化とは、単にECサイトを強化することではなく、「顧客を深く知るための仕組み」を構築することなのかもしれない。
もちろん課題もある。少子高齢化によって国内消費市場全体が縮小する中、高額品市場だけが永遠に拡大する保証はない。また、富裕層の購買行動も多様化しており、海外ブランドの直営店やオンライン販売、専門店など競争相手は多い。百貨店という業態そのものが、若い世代からどのように支持されるかという問題もある。
それでも三越伊勢丹HDには、長年培ってきたブランド力、販売員の接客力、外商ネットワーク、そして一等地に位置する店舗という独自の資産がある。これらを単なる「百貨店の資産」として維持するのではなく、「顧客との関係を生み出す資産」として活用できれば、ビジネスモデルは大きく変わる。
富裕層市場の拡大によって、これからの小売業では「何を売るか」以上に「誰に、どのような体験を提供するか」が重要になっていく。三越伊勢丹HDが目指す「館業から個客業へ」という転換は、まさにその変化を象徴するものだ。百貨店の未来は、巨大な建物にどれだけ人を集められるかではなく、一人ひとりの顧客とどれだけ深く、長く付き合えるかにかかっている。富裕層という限られた顧客層を起点に、商品、サービス、体験を横断して「その人だけの百貨店」をつくることができれば、三越伊勢丹は従来型小売業の枠を超えた「個客ビジネス企業」へ進化する可能性を秘めている。
富裕層の「資産」を狙うアート市場――SHINWA WISE HOLDINGSが描く美術品ビジネスの可能性
富裕層向けビジネスというテーマで考えたとき、SHINWA WISE HOLDINGS(2437)はかなり異色で、テーマ株としての面白さを持つ企業である。東証スタンダード市場に上場する同社は、連結子会社のSHINWA AUCTIONを中心に美術品オークションを展開し、近代美術、近代陶芸、コンテンポラリーアートなどを取り扱う。さらにワイン・リカー、ジュエリー&ウォッチなどにも領域を広げている。グループにはSHINWA ARTEXやSHINWA Privéもあり、単なる「美術品オークション会社」から、富裕層の資産と消費を取り込むアート・プラットフォームへの進化を目指している。
アート市場が富裕層ビジネスとして面白いのは、美術品が「消費財」であると同時に「資産」でもあるからだ。高級時計や宝飾品にも同じ側面があるが、美術品の場合、作品そのものに文化的価値や希少性が加わる。気に入った作品を自宅やオフィスに飾って楽しみながら、将来的な売却や相続の対象にもなり得る。富裕層が保有する資産の一部を現金や株式、不動産だけではなく、アートへ振り向ける動きが広がれば、オークション会社にとって新たな市場が生まれる。
日本でも富裕層の裾野は拡大している。野村総合研究所によれば、2023年時点で純金融資産1億円以上の富裕層と5億円以上の超富裕層は合計165.3万世帯に達し、保有する純金融資産は469兆円に上る。株式などの資産価格上昇によって「いつの間にか富裕層」となった世帯も増えており、富裕層向けサービスの市場は従来より広がっている。
こうした環境で注目されるのが、富裕層のお金が「何に向かうのか」という問題である。株式や不動産が高値圏にあるとき、資産を一つのカテゴリーに集中させるのではなく、実物資産や趣味性の高い資産へ分散したいというニーズが生まれる。アートはその候補の一つだ。SHINWA WISE HOLDINGS自身も、アート関連事業において高額美術品を中心とした優良作品の出品誘致や、富裕層を中心とした優良顧客の開拓を進めている。
ただし、ここで重要なのは「アート=必ず値上がりする投資商品」ではないという点だ。株式のように市場価格が常時表示されているわけではなく、作品の作者、制作年代、保存状態、来歴、展覧会歴などによって価値が大きく変わる。流動性も金融資産に比べて低く、売りたいときに必ず希望価格で売れるわけではない。むしろアートは、投資だけを目的とするのではなく、鑑賞やコレクションとしての価値を含めて考えるべき資産である。
だからこそ、オークション会社の役割は大きい。売り手と買い手をつなぐだけでなく、作品の価値を評価し、適切な市場へ送り出し、取引の透明性や信頼性を高める必要がある。SHINWA WISE HOLDINGSは、自社を従来型のオークションハウスにとどめず、「新たなアート取引のプラットフォーム」として位置付け、日本のアートコミュニティを拡大することを掲げている。
現在の同社の事業は、近代美術だけではない。2026年5月期には、近代美術、近代陶芸、近代美術PartⅡ、コンテンポラリーアート、ワイン・リカー、ジュエリー&ウォッチなど、複数のオークションを開催している。さらにグループ会社のアイアートオークションも含めると、富裕層が関心を持ちやすいカテゴリーを横断して商品を扱っている点が特徴だ。2026年5月期のオークション開催回数は35回だった。
一方、足元の業績は決して順風満帆とはいえない。2026年5月期第3四半期累計では、アート関連事業の取扱高が32億4,678万円で前年同期比28.0%減、売上高は9億8,307万円で39.3%減となり、セグメント損益は1億319万円の赤字となった。オークション事業だけを見ても取扱高は25億9,770万円で前年同期比12.9%減少している。高額美術品市場では、価格上昇を背景に良質な作品の「出し渋り」が起きることがあり、作品の供給が市場を左右するという特殊性が表れている。
この「供給の難しさ」は、アートビジネスを考えるうえで重要なポイントだ。一般的な小売業では、メーカーから商品を仕入れて販売する。しかし美術品の場合、同じ作品を大量生産することはできない。優れた作品ほど一点物であり、所有者が「今は売りたくない」と考えれば市場に出てこない。そのため、オークション会社にとっては買い手を集めるだけでなく、いかに優良作品を出品してもらうかが競争力になる。
そこで同社が注力するのが、オークションだけではない取引機会の拡大である。公開オークションではなく、売り手と買い手を個別につなぐプライベートセールも重要な役割を担う。2026年5月期第3四半期累計では、プライベートセールの取扱高は6億4,909万円だったものの、前年同期比では56.8%減となっており、こちらも厳しい状況にある。ただ、公開市場だけでは取り込めない高額作品や顧客ニーズを扱う手段として、今後の成長余地は大きい。
富裕層市場との接点という意味では、SHINWA Privéの存在も興味深い。アートだけでなく、富裕層が保有・消費する高級品や資産を横断的に扱えるようになれば、顧客一人当たりの取引機会を増やせる。美術品を購入した顧客が時計や宝飾品、ワインにも関心を持ち、逆に時計やジュエリーの顧客がアート市場へ入ってくるという循環が生まれれば、単一市場に依存しないビジネスモデルを構築できる。
さらに、アート市場にはインバウンドや海外富裕層という成長テーマもある。日本美術には海外でも評価されている作品が多く、日本国内で保有されている美術品を海外のコレクターへ流通させる余地がある。逆に海外のアートコレクターが日本市場へ参加すれば、国内だけでは成立しなかった価格形成が起きる可能性もある。デジタル化によってオンラインで作品を探し、入札することが容易になれば、オークション市場そのものの地理的な制約も小さくなる。
一方で、株式投資のテーマとして見るなら、富裕層市場の拡大だけで判断するのは危険だ。アート市場は景気や資産価格、金利、為替、富裕層の心理に影響されやすい。さらに取扱高が増えても、それがそのまま会社の売上高や利益になるわけではない。オークション会社の収益構造を理解したうえで、取扱高、落札率、出品点数、手数料率、プライベートセールの動向などを継続的に確認する必要がある。
それでもSHINWA WISE HOLDINGSが面白いのは、富裕層という巨大なテーマの中でも、「資産」と「趣味」と「文化」の交差点に位置しているからだ。金融資産の運用会社とは違い、顧客が実際に作品を所有し、鑑賞し、次世代へ受け継ぐというリアルな資産市場を扱う。そこに時計、宝飾品、ワインなどを組み合わせれば、富裕層の「持つ」「楽しむ」「売る」「受け継ぐ」という一連の行動を取り込むことも可能になる。
日本の富裕層が増え、資産の世代間移転も本格化する中で、アート市場は単なるぜいたく品市場から、資産管理や文化継承の一部へと位置付けが変わる可能性がある。SHINWA WISE HOLDINGSは現在、業績面で厳しい局面にあるものの、だからこそ今後の市場回復や事業再構築が株価テーマになりやすい銘柄でもある。富裕層消費を「高級ブランド」だけで捉えるのではなく、「富裕層が保有する資産そのもの」に目を向けるなら、SHINWA WISE HOLDINGSはかなりユニークな存在といえるだろう。
まとめ:富裕層ビジネスは「高級品」から「資産・時間・体験」へ
今回取り上げた企業から見えてくるのは、富裕層ビジネスの姿が大きく変わっていることである。リゾートトラストは会員制ホテルを起点に、旅行、健康、医療、シニアライフまで顧客との関係を広げ、三越伊勢丹HDは外商を軸に「館業」から「個客業」への転換を進めている。SHINWA WISE HOLDINGSは、美術品を単なるぜいたく品ではなく、富裕層が保有する「アート・資産」として捉え、その流通市場にアクセスする。つまり、富裕層向けビジネスは高級ブランドを販売するだけではなく、資産を運用する、時間を買う、特別な体験を楽しむ、健康を維持する、文化を次世代へ残すといった領域へ広がっている。今後は富裕層の増加だけでなく、相続による資産移転やインバウンド、高齢化、体験消費の拡大が市場を左右するだろう。企業にとって重要なのは、一時的な高額消費を取り込むことではなく、顧客の人生に長く寄り添い、生涯価値を高める仕組みを構築できるかどうかである。




