
フォールン・エンジェルとは?格下げの危機に潜む投資チャンス
企業の信用力が低下し、投資適格とされていた社債が投機的格付けへ引き下げられる現象を「フォールン・エンジェル(堕天使)」と呼ぶ。格下げは企業の財務悪化や経営不安を示す一方、投資家の売却が集中することで、社債価格が実態以上に下落する投資機会を生むこともある。ワールドコムの会計不正と破綻、フォード・モーターの格下げと投資適格への復帰、オクシデンタル・ペトロリアムの原油安と巨額債務による信用不安は、その可能性と危険性を示す代表的な事例だ。フォールン・エンジェルは買いなのか、それとも売りなのか。過去の事例を通じて、格下げの背景や信用力の回復条件を分析し、投資判断に役立つ考え方を探っていく。
フォールン・エンジェルの歴史的な事例
| 時期 | 企業 | 主な背景・格下げの要因 | その後・注目点 |
|---|---|---|---|
| 2001~2002年 | ワールドコム | 会計不正問題、業績悪化、巨額の債務負担 | 2002年7月に連邦破産法11条の適用を申請。格下げ後に債務不履行へ進んだ代表例。 |
| 2002年 | Kマート | 経営不振、資金繰り懸念、取引先の信用不安 | 2002年1月に連邦破産法11条の適用を申請。 |
| 2002年 | コンセコ | 保険事業を巡る経営問題と財務悪化 | フォールン・エンジェルから債務不履行に至った企業の一つ。 |
| 2002年 | グローバル・クロッシング | 通信インフラへの過剰投資、債務負担、業績悪化 | 2002年に破産法の適用を申請。通信業界の信用危機を象徴する事例。 |
| 2005年 | ゼネラル・モーターズ(GM) | 販売不振、収益見通しの悪化、競争激化 | 投資適格から投機的格付けへ格下げされ、社債市場に大きな衝撃を与えた。 |
| 2005年・2020年 | フォード・モーター | 2005年は販売・収益面の悪化、2020年は新型コロナ危機による工場停止など | 2005年に格下げされ、2015年には投資適格を回復。その後、2020年に再び投機的格付けへ格下げされた。 |
| 2020年 | オクシデンタル・ペトロリアム | 新型コロナ危機による原油需要の急減、原油価格の下落、巨額の買収債務 | 2020年の大規模なフォールン・エンジェルの代表例。 |
| 2020年 | 米国の複数の企業 | パンデミックによる需要急減、売上減少、資金繰り悪化 | 米国では2020年に33社、224銘柄の社債が投機的格付けへ格下げされたとの集計がある。 |
フォールン・エンジェルとは?買いなのか売りなのか?格下げ局面で狙う逆張り投資戦略
フォールン・エンジェル(Fallen Angel)は、直訳すると「堕天使」。金融市場では、かつて投資適格と評価されていた企業の社債が、信用力の低下によって投機的格付けへ引き下げられたものを指す。一般に、格付けがBBB−以上からBB+以下へ移行した社債が該当する。株式投資ではあまり聞き慣れない言葉かもしれないが、債券市場では投資機会とリスクの両面から注目されるテーマだ。※1
フォールン・エンジェルが生まれる背景には、企業業績の悪化、過剰債務、景気後退、原材料価格の急変などがある。重要なのは、格下げが企業の信用力低下を示す一方で、必ずしも倒産を意味するわけではないという点だ。事業の競争力を維持し、資金繰りを改善できれば、信用格付けが回復する企業もある。
過去の代表例として知られるのが、2005年の米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターだ。両社は業績や財務面への懸念から投機的格付けへ引き下げられた。その後、フォードは2015年に投資適格格付けを回復したが、2020年には新型コロナウイルス危機を背景に再び投機的格付けへ転落した。2020年には石油大手オクシデンタル・ペトロリアムなども格下げの影響を受け、企業の信用力が景気や市場環境によって大きく変化することを示した。※2
では、フォールン・エンジェルは買いなのか、それとも売りなのか。結論からいえば、格下げされたという理由だけで売るのも、価格が下落したという理由だけで買うのも適切ではない。投資家の運用方針と、企業の財務状況を踏まえて判断する必要がある。
売りが発生しやすい理由は、機関投資家の運用ルールにある。年金基金や投資適格債を中心に運用するファンドの中には、一定水準を下回る格付けの債券を保有できないものがある。格下げによって投資対象から外れると、運用担当者は保有債券を売却せざるを得ない場合がある。こうした売りが集中すると、企業の実態以上に社債価格が下落する可能性がある。欧州中央銀行(ECB)も、格下げが社債価格や企業の資金調達環境に悪影響を及ぼす仕組みを分析している。※3
この需給のゆがみに着目するのが、フォールン・エンジェルを狙う逆張り投資戦略だ。市場参加者が一斉に売却する局面で、企業の返済能力が維持されているにもかかわらず社債価格が過度に下落していれば、割安な投資機会が生まれる可能性がある。購入後に市場が落ち着けば、利息収入に加えて価格の回復による利益も期待できる。
ただし、安くなった債券が必ずしも割安とは限らない。格下げの原因が一時的な景気悪化なのか、それとも構造的な競争力低下や過剰債務なのかを見極めることが重要だ。売上高や営業キャッシュフロー、利払い能力、債務返済期限、手元資金などを確認し、満期まで利息と元本を支払える可能性を検討したい。信用力がさらに悪化すれば、価格の下落が続き、最終的に債務不履行へ至るリスクもある。
具体的な投資戦略としては、第一に格下げ直後の価格変動を監視することが挙げられる。強制的な売却による需給悪化が起きているかを確認し、企業の信用力に対して価格が過度に下がっていると判断できる場合に投資を検討する。ただし、格下げの発表前から信用不安が価格に織り込まれていることもあり、格下げ直後に必ず割安になるわけではない。
第二に、企業を選別することだ。景気循環の影響で一時的に業績が悪化しているものの、競争力や資金調達手段を維持している企業と、事業そのものの存続が危ぶまれる企業は分けて考える必要がある。複数の格付け機関による評価や、企業の決算資料、債務の返済スケジュールなどを組み合わせて判断したい。
第三に、分散投資と資金管理を徹底することだ。特定の企業や業種に投資を集中させると、倒産や信用不安による損失が大きくなる。個別債券の分析が難しい場合は、フォールン・エンジェルを対象とする債券ファンドやETFも選択肢となる。ただし、ファンドでも信用リスク、金利変動リスク、流動性リスクは残り、一般的な投資適格債ファンドより価格変動が大きくなることがある。※4
また、日本の投資家が米ドル建てのフォールン・エンジェル債券に投資する場合、為替変動にも注意したい。社債価格が上昇しても、円高によって円換算の収益が減少する可能性がある。為替ヘッジを利用する場合も、そのコストを含めて収益性を判断することが大切だ。
フォールン・エンジェル投資は、信用不安による売りを逆手に取り、価格の回復を狙う戦略である。しかし、格下げは企業の危険信号でもあり、安易な逆張りは大きな損失につながりかねない。投資判断の中心に置くべきなのは、格下げというニュースそのものではなく、企業が今後も利息と元本を支払えるかどうかだ。市場の悲観が行き過ぎている企業を見極め、分散とリスク管理を徹底することが、この投資戦略を活用するうえでの基本となる。
ワールドコム破綻の教訓とは?会計不正と巨額債務が招いたフォールン・エンジェルの悲劇
2000年代初頭、米国の通信業界を揺るがした巨大企業の破綻が、世界の金融市場に大きな衝撃を与えた。通信大手ワールドコム(WorldCom)である。同社は急速な買収拡大によって事業規模を拡大し、一時は米国を代表する通信企業の一角を占めていた。しかし、会計不正の発覚や業績悪化、巨額の債務負担によって信用力が急速に低下し、2002年7月に米連邦破産法第11条の適用を申請した。
ワールドコムの事例は、フォールン・エンジェル、すなわち投資適格から投機的格付けへ転落する企業を考えるうえで、重要な教訓を与えてくれる。企業規模が大きく、成長率が高く、金融市場から高く評価されていても、財務情報の信頼性が失われれば、投資家の信用は一気に崩れる可能性があるからだ。
ワールドコムの成長を支えたのは、通信需要の拡大と積極的な買収戦略だった。1990年代、インターネットの普及や企業間通信の増加を背景に、通信インフラへの期待は高まっていた。同社は他社の買収を繰り返して事業を拡大し、長距離通信市場で存在感を強めていった。1998年には大手通信会社MCIの買収を完了し、世界有数の通信事業者へと成長した。
しかし、同社を取り巻く事業環境は次第に厳しくなった。通信インフラへの投資が過熱した結果、業界では設備供給能力が膨らみ、価格競争が激化した。インターネット関連企業への過剰な期待が後退し、2000年ごろからドットコム・バブルが崩壊すると、通信各社の収益環境も悪化した。通信料金の下落や需要の伸び悩みは、ワールドコムの収益力に重くのしかかった。
こうした状況で深刻な問題となったのが、会計処理の不正だった。2002年6月、社内調査を通じて、同社が通信ネットワークの利用料など、本来は当期の費用として計上すべき支出を資産として処理していたことが明らかになった。これにより費用が過少に計上され、利益が実態よりも大きく見える状態が生まれていた。
公表された不正会計の規模は巨額に上り、当初判明した約38億ドルの不適切な会計処理は、その後の調査でさらに拡大した。最終的には、複数年度にわたる利益の過大計上が問題となり、米国企業の会計監査や内部統制のあり方が厳しく問われることになった。
会計不正が発覚すると、投資家や金融機関は企業の財務情報を信頼できるかどうかを改めて判断しなければならなくなる。業績の悪化だけであれば、事業再建によって回復できる可能性はある。しかし、決算情報そのものの信頼性が損なわれると、将来の利益や債務返済能力を見積もることが難しくなる。企業の信用力を支えていた前提が崩れ、資金調達にも深刻な影響が及ぶ。
ワールドコムでは、会計不正の発覚を受けて信用格付けが急速に引き下げられ、社債市場での信用不安が拡大した。格付けの低下は、企業が資金を借り入れる際の条件を悪化させるだけでなく、投資適格債を中心に運用する投資家による売却を招くこともある。投資家が一斉に資金を引き揚げれば、社債価格が下落し、資金調達環境はさらに厳しくなる。
このように、信用力の低下と資金調達難が互いに悪影響を及ぼす状況では、企業が事業を立て直すための時間や余裕も失われていく。ワールドコムは2002年7月21日、米連邦破産法第11条の適用を申請した。当時としては米国史上最大級の企業破綻であり、金融市場における信用リスクや会計情報の重要性を強く印象づけた。
破綻の影響は株主だけにとどまらなかった。株式の価値は大幅に損なわれ、社債権者や取引先、従業員なども大きな影響を受けた。とりわけ債券投資では、企業が利息や元本を支払えなくなる信用リスクが現実化したことで、格付けを信頼するだけでは十分なリスク管理にならないことが示された。
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フォード・モーターはなぜフォールン・エンジェルに転落したのか?2005年と2020年の格下げから学ぶ投資戦略
米自動車大手フォード・モーターは、企業の信用力が景気や経営環境によって大きく変化することを示す代表的な事例だ。同社は2005年、業績悪化や収益力への懸念から信用格付けを投資適格未満へ引き下げられた。その後、経営再建を進め、2015年には投資適格格付けを回復した。しかし、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大による工場停止や自動車需要の急減を受け、再び投機的格付けへ転落した。
この経緯は、フォールン・エンジェル(Fallen Angel)という投資テーマを考えるうえで重要な教訓を与えてくれる。格下げは企業の信用リスクが高まったことを示す一方、企業が経営を立て直せば信用力が回復する可能性もあるからだ。投資家に求められるのは、格下げという事実だけで売買を判断するのではなく、その原因と企業の回復力を見極めることである。
フォールン・エンジェルとは、投資適格とされていた社債が、信用力の低下によって投機的格付けへ引き下げられたものを指す。一般に、格付けがBBB−以上からBB+以下へ移行した債券が該当する。こうした格下げが起きると、投資適格債を中心に運用するファンドなどが保有債券を売却する場合がある。その結果、売り圧力が強まり、社債価格が下落することがある。
フォードが最初に大きな格下げに直面したのは2005年だった。当時、同社は日本や欧州の自動車メーカーとの競争激化、米国市場での販売環境の変化、医療費や年金などの負担、収益力の低下といった問題を抱えていた。大型車への依存や高い固定費も経営上の課題となり、将来の利益や債務返済能力に対する懸念が強まった。格付け機関はこうした状況を受けて同社の信用力を引き下げ、フォードは投資適格の地位を失った。
格下げによる影響は、単に企業の評価が下がることにとどまらない。信用力が低下すれば、社債を発行する際に投資家が求める利回りが上昇し、資金調達コストが増える可能性がある。また、保有債券を売却する投資家が増えれば、市場価格にも下押し圧力がかかる。企業にとっては、経営再建に取り組まなければならない時期に、資金調達面でも不利な状況に置かれることになる。
しかし、フォードは格下げ後も経営改革を進めた。2006年にはアラン・ムラーリー氏が最高経営責任者(CEO)に就任し、事業の選択と集中、コスト削減、製品開発の見直しなどを推進した。2008~2009年の金融危機では自動車業界全体が大きな打撃を受けたものの、フォードは米政府による緊急救済を受けたGMやクライスラーとは異なり、連邦政府による同様の破産回避救済を受けずに事業再建を進めたことで知られる。
その後、米国自動車市場の回復や新型車の販売、財務体質の改善などを背景に、フォードの信用力は徐々に持ち直した。2015年には投資適格格付けを回復し、フォールン・エンジェルからの復帰を果たした。これは、格下げされた企業であっても、経営改革と財務改善によって信用力を取り戻せる可能性があることを示す事例といえる。
ところが、フォードの信用力は再び試練に直面する。2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界経済が急速に悪化すると、自動車業界でも工場の操業停止や販売店の営業制限、消費者の購買意欲の低下が発生した。自動車は高額な耐久消費財であり、景気や雇用環境が悪化すると購入が先送りされやすい。生産が止まっても固定費や資金繰り上の負担がすぐになくなるわけではなく、メーカーにとっては厳しい状況となった。
こうした環境のもと、S&Pグローバル・レーティングは2020年3月、フォードの長期信用格付けを投資適格未満へ引き下げた。ムーディーズも同月、同社の格付けを投機的水準へ引き下げた。新型コロナ危機による事業環境の悪化に加え、収益力や財務面への懸念が格下げの背景にあった。フォードは2005年に続き、再びフォールン・エンジェルとなったのである。
ただし、2005年と2020年の格下げには違いもある。2005年は、競争力やコスト構造など、企業自身が抱える経営課題が中心だった。一方、2020年は、感染症の拡大という企業単独では制御できない外部要因が、世界中の企業の信用力を揺さぶった。もちろん、外部環境の悪化が企業の弱点を顕在化させることもあるため、両者を完全に切り離すことはできない。それでも、格下げの原因を分析する際には、企業固有の問題と市場全体のショックを区別することが重要だ。
では、投資家はフォードのようなフォールン・エンジェルを買うべきなのだろうか。注目されるのは、格下げによる売り圧力と、その後の信用力回復の可能性だ。投資適格債を保有することを求められる投資家が売却に動けば、債券価格が下落し、利回りが上昇する場合がある。一方、ハイイールド債を投資対象とする投資家にとっては、信用リスクを受け入れる代わりに、より高い利回りを得られる機会となる。
仮に、格下げによる売りが企業の実態以上に価格を押し下げているなら、社債を購入し、信用不安の後退や事業環境の改善による価格回復を狙う戦略が考えられる。フォードのように、事業基盤を維持しながら経営改革を進められる企業は、信用力が回復する可能性を持つ。ただし、価格が下落しているという理由だけで購入するのは危険だ。自動車販売の回復見通し、営業キャッシュフロー、手元資金、債務返済期限、設備投資負担などを確認し、利息と元本を支払う能力が維持されているかを分析する必要がある。
また、フォールン・エンジェルへの投資では、社債価格の回復と格付けの回復を混同しないことも大切だ。格付けが投機的水準のままでも、倒産リスクへの懸念が和らげば価格が上昇することはある。反対に、企業の信用力がさらに悪化すれば、利回りが高くても元本の回収が難しくなる可能性がある。投資家は利息収入だけでなく、信用リスクや流動性リスクも含めて収益性を判断しなければならない。
フォードの事例が示すのは、フォールン・エンジェルが必ずしも一方向の結末を迎えるわけではないということだ。2005年の格下げ後に経営再建を進めて投資適格へ復帰した一方、2020年にはパンデミックという新たな危機によって再び格下げされた。企業の信用力は一度回復すれば永続的に安定するものではなく、景気、競争環境、経営判断、財務戦略によって変化し続ける。
投資戦略としては、格下げ直後の価格下落を機械的に買いのサインと捉えるのではなく、下落の原因と企業の返済能力を丁寧に見極めることが基本となる。市場全体の混乱によって一時的に売られている企業なのか、それとも事業の競争力や財務基盤が根本的に弱まっている企業なのか。この違いを見分けることが、フォールン・エンジェル投資の成否を左右する。
フォード・モーターの歴史は、格下げが企業の終わりを意味するわけではない一方、信用力の回復にも継続的な経営努力が必要であることを教えてくれる。投資家にとって重要なのは、格付けの変化だけを追うことではなく、企業の収益力と財務の持続可能性を見極めることだ。価格の下落に潜む投資機会を探りながらも、元本を失うリスクを忘れず、分散投資と慎重な資金管理を徹底したい。
オクシデンタル・ペトロリアムはなぜ格下げされたのか?原油安と巨額債務に揺れたフォールン・エンジェルの教訓
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は世界経済に大きな打撃を与え、金融市場にも激震をもたらした。なかでも大きな影響を受けた業界の一つが石油・天然ガス業界だ。世界各地で移動制限や経済活動の停滞が広がり、原油需要が急減。原油価格の下落によって石油会社の収益見通しは悪化し、財務基盤の弱い企業を中心に信用不安が高まった。その象徴的な事例が、米国の石油・ガス大手オクシデンタル・ペトロリアム(Occidental Petroleum)である。
同社は2019年、石油大手アナダルコ・ペトロリアムの買収を完了した。しかし、この大型買収によって債務負担が膨らんだ直後に、新型コロナ危機と原油価格の急落に直面する。2020年には信用格付けが投機的水準へ引き下げられ、フォールン・エンジェルの一例となった。成長を目指した買収戦略が、外部環境の急変によって財務上の重荷へと変わった事例として、債券投資家に多くの教訓を残している。
フォールン・エンジェルとは、投資適格とされていた社債が、企業の信用力低下によって投機的格付けへ引き下げられたものを指す。一般に、格付けがBBB−以上からBB+以下へ移行した債券が該当する。格下げが発生すると、投資適格債を中心に運用するファンドなどが保有債券を売却することがあり、社債価格が下落する場合がある。その結果、企業は資金調達コストの上昇や市場からの信用低下に直面しやすくなる。
オクシデンタルの問題を理解するには、まず2019年のアナダルコ買収に注目する必要がある。同社は米国の有力な石油・ガス生産地域で事業基盤を拡大するため、大型買収に踏み切った。買収価格は約380億ドルとされ、資金調達には借入金などが活用された。買収によって生産量や資産規模の拡大が期待された一方、財務面では債務負担が大きく増加した。
石油会社にとって、原油価格は売上高や利益、営業キャッシュフローを左右する重要な要素だ。原油価格が高水準で推移すれば、生産によって得られる収入が増え、債務返済や設備投資に必要な資金を確保しやすい。反対に、価格が急落すると、販売収入が減少し、借入金の返済負担が相対的に重くなる。生産コストを短期間で大きく引き下げることが難しい場合には、収益の悪化が財務状況に直結する。
2020年は、こうした原油価格の変動リスクが一気に表面化した年だった。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、航空機の運航、物流、通勤、旅行などが大きく制限され、世界の石油需要は急減した。さらに、同年3月には主要産油国間の協調をめぐる対立も発生し、供給過剰への懸念が強まった。需要の減少と供給面の不安が重なったことで、原油価格は急落した。
この環境下では、石油会社が保有する油田やガス田の収益性にも懸念が広がった。将来の原油価格が低迷すれば、資産から得られるキャッシュフローが減少し、企業価値の評価にも影響する。オクシデンタルは買収によって債務負担が増えていたため、原油価格の急落が財務に与える影響は特に大きかった。市場では、同社が債務を返済しながら事業を維持できるのかという疑問が強まっていった。
こうした信用不安を背景に、2020年3月、格付け会社ムーディーズはオクシデンタルの信用格付けを投資適格未満へ引き下げた。同社は投資適格の地位を失い、フォールン・エンジェルとなった。S&Pグローバル・レーティングも同社の格付けを引き下げ、原油安と債務負担の組み合わせが信用力を圧迫していることを示した。市場では、格下げによる売却圧力に加え、将来の資金繰りや債務返済能力に対する警戒が強まった。
ただし、格下げは直ちに倒産を意味するものではない。企業が資産売却や設備投資の削減、コスト管理、債務削減などを通じて財務を改善できれば、信用力が回復する可能性はある。オクシデンタルも、財務の立て直しに向けた対応を進めた。設備投資の抑制や経費削減、資産売却などによって債務負担の軽減を目指し、原油価格の回復もその後の経営環境を左右する重要な要素となった。
この事例から投資家が学べることは、フォールン・エンジェルを単なる「格下げされた割安債券」と捉えてはいけないという点だ。格下げによって社債価格が下落すると、利回りが上昇し、魅力的な投資機会に見えることがある。しかし、利回りが高いのは、投資家が大きな信用リスクを負うことへの対価でもある。企業の返済能力がさらに低下すれば、価格の下落が続いたり、元本の回収が難しくなったりする可能性がある。
オクシデンタルのような資源関連企業を分析する場合、特に重要なのは原油価格に対する耐久力である。原油価格がどの水準まで下がると営業キャッシュフローが赤字になるのか、設備投資を削減しても生産を維持できるのか、債務の返済期限がいつ集中するのかを確認する必要がある。また、保有資産の価値だけでなく、資産売却によって実際にどの程度の資金を確保できるかも重要だ。
さらに、格下げの原因が一時的な外部ショックなのか、企業自身の財務戦略にあるのかを見分けることも欠かせない。2020年の原油安は、パンデミックという外部要因によって急激に進んだ。一方、オクシデンタルはその前に大型買収を実施し、債務負担を増やしていた。つまり、外部環境の急変だけでなく、危機が発生した際にどれだけ耐えられる財務構造を持っていたかが、信用力を左右したのである。
投資戦略としては、格下げ直後に機械的に買うのではなく、企業の資金繰りと債務返済能力を確認したうえで、価格が信用リスクを過度に織り込んでいるかを判断することが重要だ。原油価格の回復によって収益が改善する可能性があっても、それだけで債務問題が解消するとは限らない。企業の財務状況、債券の満期、利払い負担、格付け見通しなどを総合的に分析し、投資する場合も特定企業や業種への集中を避けたい。
オクシデンタル・ペトロリアムの2020年の格下げは、フォールン・エンジェル投資の機会と危険性を同時に示した事例である。市場の混乱による売りが価格を押し下げる一方、巨額の債務を抱える企業では、価格下落が単なる一時的な需給要因ではなく、実際の信用リスクを反映している場合もある。投資家に必要なのは、利回りの高さや価格の安さだけに目を奪われず、企業が厳しい環境下でも債務を返済できるかを見極める姿勢だ。フォールン・エンジェルを狙う投資戦略では、危機の中に潜む回復の可能性を探りながら、元本を失うリスクを冷静に評価することが何より重要となる。
まとめ:フォールン・エンジェル投資は「安さ」よりも「回復力」を見極める
フォールン・エンジェルへの投資では、格下げによる価格下落が必ずしも買いの好機になるとは限らない。フォード・モーターのように経営改革や財務改善を通じて信用力を回復する企業がある一方、ワールドコムのように会計不正が発覚し、最終的に破綻へ至る企業もある。オクシデンタル・ペトロリアムの事例からは、原油価格の急落などの外部環境に加え、大型買収による債務負担が信用リスクを増幅させることも分かる。重要なのは、格下げという結果だけで判断せず、営業キャッシュフロー、債務返済能力、資金繰り、事業の競争力を総合的に分析することだ。市場の過剰反応による割安な債券を見極められれば、利息収入や価格回復による利益を狙える可能性がある。ただし、信用力がさらに悪化すれば元本を失うリスクもある。フォールン・エンジェル投資では、企業の回復力を見極め、分散投資とリスク管理を徹底する姿勢が欠かせない。


