
世界企業ニデックを生んだ「永守流」と、いま問われる経営のあり方
1973年、4人の小さな町工場から始まった日本電産は、M&Aと海外展開を積極的に進めながら事業領域を広げ、現在のニデックへと成長を遂げた。その成長を牽引してきたのが、創業者・永守重信氏である。「世界一」を掲げ、モーターを軸に精密機器から車載、家電、産業機械まで進出した経営手腕は、日本企業のグローバル化を象徴する成功例ともいえる。
一方で、企業規模の急拡大はガバナンスの難しさももたらした。グループ会社での不適切な会計処理をめぐる問題では、第三者委員会による調査が行われ、過去の財務情報の訂正や巨額の減損損失計上に発展。2026年3月期の財務諸表について監査意見が表明されないなど、投資家から見た財務情報の信頼性にも大きな課題を残した。
ニデックの現在を理解するには、単に「会計不正が起きた企業」と見るだけでは不十分だ。なぜ4人の会社が世界企業へ成長できたのか、その成功を支えた永守氏の経営手法にどのような強みがあったのか。そして、その強さが巨大化した組織の中でどのような問題につながったのか。ニデックの歴史と現在を振り返ることは、創業者経営の功罪と、成長企業に求められるガバナンスを考えるうえでも重要なテーマとなる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | ニデック株式会社(NIDEC CORPORATION) |
| 旧社名 | 日本電産株式会社 |
| 証券コード | 6594 |
| 上場市場 | 東証プライム |
| 設立 | 1973年7月23日 |
| 本社 | 京都府京都市南区久世殿城町338番地 |
| 代表者 | 代表取締役常務執行役員 南井正之 |
| 資本金 | 877億84百万円 |
| 発行済株式数 | 11億9,256万8,936株(2026年3月31日現在) |
| 従業員数 | 連結10万4,285人(2025年3月末現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主力事業 | 精密小型モータ、車載モータ、家電・商業・産業用モータ、機器装置、電子・光学部品など |
| 事業の特徴 | モータを中心に「回るもの、動くもの」に関する製品・ソリューションを幅広く展開 |
| 上場 | 東京証券取引所 |
| 配当 | 2026年3月期は0円 |
| 公式企業情報 | ニデック「企業概要」 |
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 | 2027年3月期会社予想 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 2兆6,063億円 | 2兆7,087億円 | 2兆8,000億円 |
| 営業利益 | 1,282億円 | ▲5,190億円 | 2,000億円 |
| 営業利益率 | 4.9% | ▲19.2% | 7.1% |
| 税引前利益 | 1,246億円 | ▲4,962億円 | 1,800億円 |
| 当期純利益 | 847億円 | ▲5,646億円 | 1,000億円 |
| 研究開発費 | 797億円 | 1,169億円 | ― |
| 1株当たり利益 | 73.69円 | ▲492.55円 | ― |
| 1株当たり配当 | 40円 | 0円 | ― |
ニデックを揺るがす巨額損失と経営責任――不正会計、監査意見不表明、社長交代の意味
かつて「日本電産」の社名で知られ、モーターを武器に世界的な製造業へ成長したニデックが、いま経営の根幹を揺るがす重大な局面を迎えている。発端となったのは、グループ会社などで発覚した不適切な会計処理だ。第三者委員会による調査では、費用計上の回避や収益の過大計上など、多岐にわたる会計不正が確認された。さらに問題の影響は過年度決算の訂正だけにとどまらず、事業の資産価値を大幅に見直す巨額の減損損失へと発展した。
ニデックは2025年9月に第三者委員会を設置し、会計処理の実態解明を進めた。その後、2026年4月17日に最終報告書を受領。同社自身も、グループ内の多くの拠点で不適切な会計処理が行われていたことを認めている。問題の深刻さを示すのが、監査法人による「意見不表明」だ。ニデックは2026年3月期の有価証券報告書について、連結財務諸表に対する監査意見を表明しない旨の監査報告書を受領した。さらに、第3四半期決算短信の要約四半期連結財務諸表についてもレビュー結論が表明されず、内部統制監査についても意見不表明となった。
監査法人が「意見不表明」とすることは、単純に「業績が悪かった」という意味ではない。監査を行うために必要な十分かつ適切な監査証拠を得ることができず、財務諸表について意見を形成できないという極めて重い状態を意味する。今回のニデックでは、不適切な会計処理に関与した、あるいは指示した可能性のある役職員の特定や、人事上の是正措置が一部完了していないことなどが監査上の問題として指摘された。しかも、一部の関係者が現在も財務報告に関わる責任ある立場にいることが問題視されている。
そして財務問題をさらに深刻にしたのが、巨額の減損損失である。問題発覚当初、ニデックは主に車載事業に関連するのれんや固定資産などについて、最大2500億円程度の減損を検討するとしていた。しかし、実際に2026年3月期決算で計上された減損損失は、実に6321億円に膨らんだ。内訳を見ると、車載事業が2311億円、家電・商業・産業用が3351億円などとなっている。これに契約損失引当金や和解に伴う債務、特別調査費用なども加わり、2026年3月期の最終損益は5646億円の赤字となった。
ここで重要なのは、減損損失と不正会計を同じものとして扱わないことだ。減損とは、保有する資産について将来生み出す収益が低下し、帳簿上の価値を回収できないと判断された場合に、その価値を切り下げる会計処理である。一方、不正会計は収益や費用などを適切に処理しないことで財務情報の信頼性を損なう問題だ。今回のニデックでは、不正会計の調査を進める過程で事業や資産の実態が改めて精査され、その結果として巨額の減損が発生したという点が重要になる。
つまり、問題は「不正会計によって利益が水増しされていた」という過去の問題だけではない。不正会計をきっかけとして、これまでの事業計画や資産評価、M&Aによって積み上げてきたのれんなどについても、実際の収益力を厳しく見直す必要が生じたのである。ニデックが長年にわたって積極的なM&Aを成長戦略としてきたことを考えれば、今回の減損は今後の事業ポートフォリオを再構築するうえでも大きな意味を持つ。
さらに深刻なのが、経営責任の問題である。ニデックは2026年3月の第三者委員会調査結果を受け、会長、副社長、CFOなど主要役員の辞任を実施した。また、3月13日には現旧役員の職務執行に関する法的責任を調査するため、「役員責任調査委員会」を設置している。報酬返上などの措置も打ち出しており、経営陣自身の責任を問う段階に入っていた。
そのなかで大きな衝撃となったのが、2026年9月29日に発表された岸田光哉社長の辞任である。ニデックの発表によると、2026年3月期決算および過年度決算を訂正する過程で、岸田氏について財務報告に関して「必ずしも適切とは言いかねる言動」が確認されたことが辞任の背景となった。後任には戒田理夫専務執行役員が選定された。
さらに報道では、9月25日の臨時取締役会で岸田氏の解任が決議されていたとされる。会社発表では辞任という形になったものの、トップの交代が極めて異例のタイミングで行われたことは、今回の問題における経営責任の重さを象徴している。特に、ニデックが不正会計問題を受けてガバナンス改革を進め、「新生ニデック」への転換を掲げていた時期だけに、再建を担うトップ自身の交代は、投資家にとっても無視できない材料となった。
ニデックにとってもう一つ大きな問題が、東京証券取引所による「特別注意銘柄」の指定である。2025年10月、東証は内部管理体制などについて改善の必要性が高いとしてニデックを特別注意銘柄に指定した。特別注意銘柄は、上場企業として内部管理体制などに重大な問題がある場合に指定されるもので、改善状況によっては上場廃止につながる可能性もある。
そして今回、2026年3月期の有価証券報告書についても監査意見が表明されなかったことは、上場維持という観点からも重大だ。ニデックは2025年3月期の有価証券報告書でも監査意見不表明となっており、今回で異例の状況が続いている。2026年3月期決算の開示自体も大幅に遅れ、9月30日にようやく公表された。市場からすれば、企業の利益や資産がどの程度信頼できるのかという根本的な問題につながる。
もっとも、財務上の問題が明らかになったことだけをもって、ニデックの事業そのものが失われたと判断するのは早計だ。2027年3月期については営業損益2000億円の黒字を見込んでおり、巨額減損を処理した後の事業収益力をどのように回復させるかが次の焦点となる。減損は巨額でも、すべてがそのまま現金の流出を意味するわけではない。そのため、今後はキャッシュフロー、営業利益、財務体質、各事業の収益性を改めて確認する必要がある。
ニデック自身も、再発防止策として会計方針の厳格な統一、内部監査・内部通報制度の強化、取締役会の多様化、社外取締役への情報共有の改善、企業風土の刷新などを掲げている。特に、従来の「もの言えぬ風土」を変え、現場の声を経営に届ける仕組みを構築することを改革の柱としている。
今回の問題を投資家の視点から見ると、注目すべきポイントは三つある。第一は、6321億円に達した巨額減損後の収益力だ。第二は、監査法人から十分な信頼を得られる内部統制を再構築できるかという点。そして第三が、経営責任を明確にしたうえで、取締役会が経営陣を適切に監督できる体制へ変わるかという点である。
ニデックは、1973年に京都で創業した小さなモーターメーカーから、M&Aと海外展開によって世界企業へ成長した。その成長力は大きな強みである一方、グループが巨大化するほど、各社の会計や内部統制を統一し、経営陣が正確な情報を把握することの重要性も増す。今回の不正会計問題は、まさに急速な事業拡大の裏側でガバナンスが追いついていたのかを問うものとなった。
「日本電産」から「ニデック」へとブランドを刷新し、新たな成長ステージに入るはずだった同社は、いまや成長戦略だけでなく、信頼そのものを再構築しなければならない。巨額減損によって過去の資産価値を洗い直した今、次に問われるのは、数字の透明性と経営の実効性である。社長交代が単なるトップ人事で終わるのか、それとも取締役会、内部統制、企業風土まで含めた改革につながるのか。ニデックの再生を占ううえで、今後の決算数字と同じくらい、ガバナンス改革の進展を注視する必要があるだろう。
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永守重信の光と影――日本電産を世界企業に育てた経営手腕と、問われることになった「永守流」
日本電産、現在のニデックを語るとき、創業者である永守重信氏の存在を抜きにすることはできない。1973年、京都の小さなプレハブ小屋で4人からスタートした会社を、モーターを核とする世界的な企業グループへ育て上げた人物だからだ。精密小型モーターから始まり、HDD、自動車、家電、産業機械、電子部品、工作機械へと事業を広げ、海外企業の買収も積極的に進めた。現在のニデックが持つ巨大な事業基盤の多くは、永守氏の経営判断の積み重ねによって形成されたといっても過言ではない。
一方、2025年から2026年にかけて発覚した会計不正問題は、永守氏が築いてきた経営モデルの弱点も浮かび上がらせた。第三者委員会の調査を受け、ニデック自身がまとめた改善計画では、過度な業績プレッシャーや株価を重視する企業風土、トップダウン型の目標設定、異論を言いにくい組織風土などが問題の背景として指摘された。つまり、永守氏の「光」である強烈な成長志向が、企業規模の拡大とともに「影」へ転じる可能性があったのである。
永守氏を「偉大な経営者」か「問題を抱えた経営者」かの二択で評価するのは簡単だ。しかし実際には、その二つは切り離せない。高い目標を掲げたからこそニデックは成長し、その目標への執念が強かったからこそ組織へのプレッシャーも強くなった。M&Aを積極的に進めたからこそ世界企業になった一方、グループが巨大化するほど内部統制は難しくなった。永守氏の経営を理解するには、この両面を見る必要がある。
永守氏が日本電産を創業したのは1973年7月23日。資本金2,000万円、従業員4人という小さな会社だった。創業地は京都市西京区のプレハブ建物で、現在も創業の象徴として保存されている。創業時から掲げた目標は「世界一になる」というものだった。(nidec.com)
創業当時、無名の日本企業が世界一を目指すという発想は大胆だった。永守氏が選んだのは、家電や自動車といった完成品ではなく、それらの中に組み込まれるモーターだった。モーターは目立つ製品ではないが、家電、OA機器、自動車、産業機械など、電気で動く機器には幅広く使われる。特定の完成品市場に依存せず、さまざまな産業に入り込める点に成長余地を見いだしたのである。
創業初期から永守氏は海外市場にも目を向けた。1974年には米国で販売代理店を設け、同年には3Mからカセットデュプリケータ用モーターを受注。1976年には米国法人を設立するなど、国内市場だけに依存しない経営を進めた。
その後、日本電産は精密小型モーターの技術を磨き、1979年にはHDD用スピンドルモーターの量産を開始した。パソコンなどの普及によってHDD市場が拡大するなか、高速かつ安定した回転を実現するモーターへの需要は増加した。日本電産はこの成長市場を取り込み、世界のIT産業を支える部品メーカーとして存在感を高めていった。
ここで永守氏の経営の特徴が表れる。大きな市場を狙うだけではなく、「その市場で必要とされる部品の技術力を高め、世界中の顧客に供給する」という戦略だ。完成品メーカーと競合するのではなく、世界中のメーカーから必要とされる部品を押さえる。この発想は、その後の自動車や産業機械への進出にもつながっていく。
1980年代には海外展開と生産能力の拡大を進め、1988年には大阪証券取引所市場第二部と京都証券取引所へ上場。1990年代には中国や欧州にも生産・販売拠点を構築し、さらにM&Aを本格化させた。1998年には東京証券取引所市場第一部に上場し、企業規模は急速に拡大していった。
永守氏の経営手腕を語るうえで、M&Aは特に重要だ。日本電産は自社で新規事業を育てるだけでなく、モーターやその周辺技術を持つ企業を買収し、技術、人材、顧客、販売網を一気に取り込んだ。買収した企業の技術をグループに組み込み、「回るもの、動くもの」を広くカバーする事業構造を形成していった。
この方法には大きな合理性がある。新規事業をゼロから立ち上げれば、技術開発にも顧客開拓にも時間がかかる。しかし、すでに技術と顧客を持つ企業を買収すれば、成長に必要な時間を短縮できる。海外企業を買収すれば、現地の販売網や人材も同時に獲得できる。永守氏はこうしたM&Aを成長戦略の中核に据えた。
自動車分野への進出もその延長線上にある。自動車の電動化が進めば、電動パワーステアリング、ポンプ、冷却、ブレーキなど、多くの場所でモーターが必要になる。EV化が進むほどモーターやインバーター、ギアなどを組み合わせた電動駆動システムの重要性も高まる。日本電産はこうした市場を見据え、車載モーター関連事業を拡大した。
家電や産業機械でも同じだ。エアコン、冷蔵庫、洗濯機などにはモーターが使われ、工場の自動化が進めば産業用モーターや減速機、制御機器などへの需要が増える。さらに工作機械や検査装置、電子部品などをグループに取り込むことで、ニデックは「モーター会社」から「動きを生み出す技術を幅広く提供する企業」へと変化した。
この成長を支えたのが、永守氏の徹底した目標管理だった。永守氏は「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」という創業精神を掲げ、スピードと実行力を重視した。会議を短時間で終わらせる、問題が起きれば現場に足を運ぶ、業績が悪ければ原因を追及するなど、経営者自身が強い当事者意識を持つことで組織を動かしてきた。
こうした経営スタイルは、創業期や成長期の企業にとって非常に強力だ。判断が早く、責任の所在も明確で、社員が目指す方向も分かりやすい。大企業にありがちな「検討に時間がかかり、誰も決断しない」という状態とは正反対である。
永守氏は「売上高1兆円」という目標を掲げ、それを2015年3月期に実現した。その後はさらに大きな成長目標を掲げ、2030年に売上高10兆円という構想も打ち出した。
この「現在からではなく、未来から逆算する」発想は永守経営の大きな特徴だ。10兆円を目指すなら、既存事業だけでは足りない。どの産業へ進出するのか、どの企業を買収するのか、どの地域で生産するのか、どの技術を開発するのか。大きな目標を設定することで、経営判断の方向性を明確にした。
だからこそ、永守氏の経営は「夢を語る経営」にとどまらなかった。数字を設定し、その数字を実現するための具体的な行動を組織に求めた。ここに、創業者としての強さがあった。
しかし、企業が巨大化すると、この強みは同時にリスクになる。
社員数が少ない会社であれば、社長が細かく業績を管理しても問題は起きにくい。ところが、世界中に拠点を持つ巨大企業では、社長がすべての現場を直接見ることはできない。グループ会社が増え、事業が多角化するほど、経営者個人の能力ではなく、内部統制や取締役会、内部監査などの仕組みによって会社を管理する必要がある。
ここが、永守流経営の大きな転換点だった。
強いトップが会社を引っ張る経営から、強い組織がトップを支える経営へ移行しなければならない。しかし、その移行が十分だったのかという疑問を突き付けたのが、今回の会計不正問題である。
ニデックは2025年9月、グループ会社における不適切な会計処理の疑義を調査するため第三者委員会を設置した。2026年4月17日に最終報告書を受領し、その内容を踏まえて再発防止策を策定した。調査では複数の拠点で不適切な会計処理が確認され、問題は一つの部署や一人の社員に限定されたものではなかった。
その後、ニデックは2026年3月期の決算を訂正し、巨額の減損損失を計上した。2026年3月期には6321億円の減損損失が計上され、最終損益は5646億円の赤字となった。車載事業だけでなく、家電・商業・産業用事業などでも大規模な減損が発生している。ただし、減損と会計不正は同じ問題ではない。減損は将来の収益力などを踏まえて資産価値を切り下げる会計処理であり、必ずしも同額の現金が流出するわけではない。一方、会計不正は財務情報の信頼性そのものを損なう問題だ。
今回重要なのは、不正会計の調査を通じて過去の財務情報だけでなく、事業の収益性や資産価値そのものも大幅に見直されることになった点である。M&Aによって拡大してきたニデックにとって、買収先を含む各事業が本当にどれだけ利益を生み出せるのかが改めて問われることになった。
さらに深刻なのが、監査と内部統制の問題である。ニデックは2026年3月期の有価証券報告書について、連結財務諸表に対する監査意見を表明しない旨の監査報告書を受領した。また、第3四半期決算短信についても結論不表明、2026年3月31日現在の内部統制についても監査意見不表明となった。これは単に利益が減少したという話ではなく、投資家が企業の財務情報を信頼できるかという根本的な問題である。
そして、今回の問題を考えるうえで避けて通れないのが、企業文化と永守氏の関係である。
ニデックが公表した改善計画では、第三者委員会の指摘などを踏まえ、過度な業績プレッシャー、株価を重視する傾向、硬直化した企業風土、ものを言いにくい組織風土などが改革対象となった。特に、永守氏が「高成長、高収益、高株価」という「3K」を重視してきたことや、株価・時価総額を強く意識した経営姿勢についても原因分析の中で取り上げられている。
ここで重要なのは、「株価を重視すること」そのものが問題なのではないということだ。上場企業が株主価値を高めようとするのは当然である。問題は、利益や株価を達成することが組織の中で過度に絶対視されれば、現場が「数字を達成できない」という悪い情報を上げにくくなる可能性があることだ。
トップが高い目標を設定し、現場がそれを達成する。これが正常に機能している間は、強い経営システムである。しかし、現実の事業環境が悪化して目標達成が難しくなった場合、必要なのは「目標をどうにか達成すること」ではなく、「目標達成が難しくなった事実を経営陣に正確に伝えること」である。
ここを間違えると、組織は経営改善ではなく「数字合わせ」に向かう。
ニデックの今回の問題は、まさにそこを問うものだった。
そして、これは永守氏が個別の不正会計を直接指示したかどうかとは別の問題である。個々の不正処理について本人の直接的関与を断定することはできない。しかし、長期間にわたって企業文化を形成してきた創業者として、組織にどのような価値観を根付かせたのかという経営責任は別途考える必要がある。
経営者の責任は、社員に不正を命令したかどうかだけではない。悪い情報が上がってくる仕組みを作ったか、異論を言える環境を作ったか、経営目標と内部統制を両立させたか、取締役会が経営トップを監督できる状態にしたかという点にも及ぶ。
永守氏の経営で象徴的なのが「カリスマ経営」の強さである。
創業者が圧倒的な存在感を持つ会社では、意思決定が速い。迷いが少ない。経営理念も明確だ。永守氏の場合、技術、市場、M&A、人材、数字について自ら強い意見を持ち、それを会社全体に浸透させてきた。
しかし、カリスマ経営にはもう一つの側面がある。
経営者があまりにも成功していると、周囲はその判断を否定しにくくなる。
過去に正しい判断を続けてきた人物ほど、「今回も正しいだろう」と考えられる。
これが企業の意思決定を速くする一方、チェック機能を弱める可能性がある。
特に、創業者が長期間経営に関与している企業では、後継者問題が避けられない。ニデックでも2021年に関潤氏が社長に就任したが、2022年に辞任し、永守氏が再び経営の中心に戻った。
この出来事を単純に「後継者育成に失敗した」と断定することはできない。しかし、創業者が強い企業で後継者が経営を引き継ぐ難しさを示した事例ではある。
創業者が社長を退いたとしても、会社の歴史、社員との人間関係、経営理念、意思決定への影響力はすぐには消えない。形式的な役職と実際の影響力を一致させることも、創業者企業におけるガバナンスの重要な課題になる。
2024年にはニデックが新たな経営体制を発表し、永守氏は代表取締役グローバルグループ代表として、M&Aやグループ成長、創業精神の継承などを担う立場とされた。会社はこの体制について、2030年の売上高10兆円を目指しながら、安定した経営継承とグループガバナンスの強化を図るものと説明していた。
しかし、その後の会計不正問題によって、この構想も大きく揺らぐことになる。永守氏は2025年12月にグローバルグループ代表を辞任し、2026年2月には名誉会長も辞任した。会社は名誉会長辞任について本人の意向によるものと説明している。
これによって、1973年の創業から続いてきた「永守時代」は大きな転換点を迎えた。
しかし、永守氏の影響力がなくなったから問題が解決するわけではない。むしろ本当の改革はここからである。
重要なのは、永守氏がいなくてもニデックが成長できるか。そして、永守氏がいなくても正しい財務情報が上がってくるかである。
ニデックが現在進めている改革は、そのための仕組みづくりといえる。
会社は経理機能と事業管理機能の分離、経理部門の独立性向上、会計方針の統一、内部監査・内部通報制度の強化、社外取締役への情報共有改善、取締役会の多様化などを掲げている。さらに、短期的な利益目標を一方的に押し付けるのではなく、現場から積み上げるボトムアップ型の計画策定や、非財務指標を含めた評価体系への転換も打ち出している。(nidec.com)
これは、永守流を全面否定する改革ではない。
むしろ、「永守流の強みを残しながら、その副作用を抑える」という作業だと考えることができる。
残すべきなのは、世界市場を見る視点、モーター技術への執念、意思決定のスピード、M&Aを成長の手段として使う大胆さ、社員に高い目標を持たせる力だ。
一方で、変えなければならないのは、トップへの過度な依存、数字が絶対的な目標になってしまう環境、異論を言いにくい風土、経営者の影響力をチェックする仕組みの弱さである。
ここを分けて考えることが重要だ。
永守氏の経営手法をすべて否定してしまえば、ニデックの成長力まで失われる可能性がある。反対に、過去の経営モデルをそのまま維持すれば、今回の問題から学んだことにならない。
ニデックが目指すべきなのは、その中間にある。
「永守氏がいなくても永守氏の強みを発揮できる会社」である。
これは一見矛盾しているように見えるが、企業の持続性を考えれば重要な考え方だ。
創業者の能力を個人の能力のまま残すのではなく、組織の仕組みに変換する。
M&Aのノウハウを経営陣全体で共有する。
技術開発の判断基準を明確にする。
海外事業を統括する仕組みを作る。
そして、経営者が設定した目標についても、取締役会や現場が自由に検証できるようにする。
これができれば、創業者がいなくても企業は成長できる。
逆にできなければ、創業者がいなくなった瞬間に経営の軸が失われる。
永守氏が後継者問題に直面したことは、創業者企業の宿命を示している。
ただし、永守氏の功績を考えれば、彼が会社を大きくしすぎたことそのものを問題視するのは適切ではない。
問題は、会社の成長速度に対して、ガバナンスの進化が追いついたかどうかだ。
4人の会社には4人の会社の管理方法がある。
数万人、数十万人規模のグループには、それに見合った管理方法が必要になる。
世界中に子会社があり、複数の事業を抱え、M&Aによって異なる企業文化が混在するようになれば、創業者の目だけで会社を管理することはできない。
だからこそ、成長した企業には「制度化」が必要になる。
永守氏の最大の功績は、会社を成長させたこと。
そしてニデックの最大の課題は、その成長力を制度化することだ。
この二つを分けて考えると、永守氏の経営の本質が見えてくる。
永守氏は、単にモーターを売る会社を作ったのではない。
「小さな会社でも世界一になれる」というモデルを作った。
京都の小さな企業が海外へ出て、世界のメーカーに部品を供給する。
競争の激しい市場で技術力を高め、M&Aによって規模を拡大する。
そして次の市場を見つけ、さらに買収する。
この循環によって、日本電産は世界企業になった。
これは日本の製造業にとっても大きな意味を持つ。
人口減少によって国内市場の成長が限られる日本企業にとって、海外市場で稼ぐ力は重要だ。ニデックは、完成品メーカーではなく基幹部品メーカーとして世界市場に進出する一つのモデルを示した。
特に「回るもの、動くもの」に集中するという発想は、事業の軸を失わないまま多角化するうえで有効だった。
モーターから車載へ。
モーターから家電へ。
モーターから産業機械へ。
モーターから工作機械へ。
この広がりには一貫性がある。
だからこそ、永守氏の経営を単なる「猛烈経営」として片付けるのは適切ではない。
その本質は、明確な事業軸と高い目標、そしてそれを実現するためのM&Aを組み合わせた経営戦略にある。
問題は、その戦略を実行する組織の規模が大きくなった後も、同じ強度のプレッシャーをかけ続けることが適切だったのかという点だ。
企業が小さいとき、経営者の情熱はそのまま企業文化になる。
しかし、企業が巨大になると、文化は制度と仕組みによって維持されなければならない。
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」という言葉も、創業者から直接伝えられる段階を過ぎれば、社員がその意味をどう解釈するかが重要になる。
「問題があっても最後までやり抜く」という意味であれば強い文化になる。
しかし、「目標未達を許さない」という意味に変われば、問題を隠すインセンティブになり得る。
同じ言葉でも、組織の成熟度によって作用が変わる。
これこそが永守流の最大の難しさだったのではないか。
永守氏の経営哲学は、会社をゼロから1にする段階では非常に強い。
1を10にする段階でも強い。
しかし、10を100にした後は、別の能力が必要になる。
100の会社をさらに成長させるには、経営者がすべてを決めるのではなく、組織全体が自律的に判断できなければならない。
創業者自身が「自分のやり方」を変える必要があるだけでなく、会社全体が「創業者に頼らない仕組み」へ変わらなければならない。
この転換が遅れれば、成功した経営モデルそのものが企業のリスクになる。
ニデックの会計不正問題は、そのことを強く示した。
ただし、ここでも慎重な見方が必要だ。
今回の問題の全責任を永守氏一人に帰すことはできない。ニデックは巨大な企業グループであり、複数の経営者、取締役、事業責任者、経理部門、監査機能などが存在する。会計不正についても個々の事案ごとに関与の程度は異なる。
だからこそ、経営責任を考えるときは、「誰が不正を指示したか」という個別責任と、「どのような組織文化が形成されていたか」という経営責任を分ける必要がある。
永守氏について問われるのは後者の比重が大きい。
長年にわたり会社の価値観を作った創業者として、どのような目標を設定し、どのような行動を評価し、どのような組織を作ったのか。
そこに問題があったのであれば、創業者として一定の責任を考える必要がある。
一方で、取締役会や歴代経営陣、内部監査、監査機能にも、それぞれの責任がある。
企業統治とは、一人の経営者に責任を押し付ける制度ではない。
トップを含めた経営陣を監督し、問題があれば止めるための仕組みである。
だからこそ、今回のニデック改革で重要なのは、永守氏の退任そのものではなく、永守氏がいなくても経営陣を監督できる仕組みができるかどうかだ。
2026年9月には岸田光哉社長の辞任も発表され、ニデックの経営体制は再び大きく変化した。ニデックは岸田氏について、2026年3月期決算および過年度決算を訂正する過程で、財務報告に関して必ずしも適切とは言い難い言動が確認されたことを辞任の背景として説明している。
トップ交代が続くなかで、ニデックには経営の安定と信頼回復という二つの課題が同時に突き付けられている。
そして投資家にとって最も重要なのは、過去の人物評価ではなく、これからの企業価値だ。
6321億円の減損を計上したことで、過去に積み上げられた資産価値は大幅に見直された。今後は、減損後の事業がどれだけ利益を生み出せるのか、キャッシュフローをどの程度確保できるのか、M&Aに頼らずとも安定的に成長できるのかが問われる。
同時に、監査意見不表明という極めて重い問題を解消し、財務情報への信頼を回復できるかも重要だ。監査法人が十分な監査証拠を得られる状態を取り戻し、内部統制が実際に機能していることを市場に示す必要がある。
ここでは、短期的な株価よりも「信頼の回復」が優先されるべき局面にある。
永守氏が長年重視してきた成長率、収益性、株価という指標だけでは、現在のニデックを評価できない。
むしろ、今後は「ガバナンスの質」「財務報告の透明性」「事業ごとの収益力」「M&A後の統合能力」「経営陣の自立性」といった指標が重要になる。
これはニデックにとって苦しい変化であると同時に、企業として成熟するための機会でもある。
創業者が会社を大きくすることと、会社が創業者から自立することは、まったく別の仕事だからだ。
永守氏は前者において圧倒的な実績を残した。
後者を実現することは、現在のニデック経営陣に委ねられている。
そして、そこには永守氏自身の経営者としての最後の評価もかかっている。
優れた創業者とは、自分がいなければ動かない会社を作る人物ではない。
自分がいなくても成長を続けられる会社を作る人物だ。
この意味では、永守氏が残した本当の宿題は「売上高10兆円」を実現することだけではない。
10兆円規模になっても、不正を許さず、正確な財務情報を開示し、異論を受け入れ、経営者を監督できる会社を作ることだ。
それが実現して初めて、永守氏の経営哲学は次の世代へ引き継がれたといえる。
永守氏の「光」は、4人の会社を世界企業に変えた成長力にある。
その成長力は、モーターという事業の選択、海外展開、M&A、技術開発、徹底した目標管理、そして何より「世界一になる」という強い意志によって生み出された。
一方の「影」は、その強い成功モデルが巨大化した組織の中で、過度な業績プレッシャーやトップ依存、異論を言いにくい風土などにつながる可能性を持っていたことだ。
重要なのは、この二つを別々の話として扱わないことである。
光と影は同じ経営思想から生まれた。
高い目標が成長を生み、同時にプレッシャーを生む。
強いトップが意思決定を速くし、同時に権限集中を招く。
M&Aが成長を加速させ、同時にグループ管理を難しくする。
創業者精神が組織を一つにまとめ、同時に創業者への依存を強める。
永守重信という経営者の評価が難しいのは、まさにこの構造にある。
だからこそ、現在のニデックに必要なのは、永守氏の功績を否定することでも、過去の経営モデルをそのまま守ることでもない。
残すべきものと変えるべきものを明確にすることだ。
世界市場への挑戦は残す。
技術への執念も残す。
M&Aの大胆さも残す。
高い成長目標も残す。
しかし、目標を達成できないときに正直に報告できる文化を作る。
経理が事業部門に異議を唱えられるようにする。
取締役会が経営トップを監督できるようにする。
社外取締役が本当に独立して議論できるようにする。
内部通報制度を機能させる。
そして、悪い情報ほど早く経営陣に届く仕組みを作る。
これらを実現できれば、永守氏の「光」は企業の資産として残り、「影」は組織改革の教訓として生かされる。
逆に、問題を個人の責任だけにしてしまえば、同じ構造が別の形で再発する可能性がある。
ニデックの再生を考えるうえで重要なのは、永守氏を英雄か悪役かに分類することではない。
なぜ4人の会社が世界企業になれたのか。
なぜその成功モデルが後に組織上のリスクを生んだのか。
そして、その経験を次の経営にどう生かすのか。
この三つを同時に考えることだ。
1973年、京都の小さなプレハブから始まった日本電産は、半世紀で世界的な企業グループへ成長した。その過程で永守氏が果たした役割は極めて大きい。その功績まで会計不正問題によって否定する必要はない。
しかし、企業は創業者の人生より長く続かなければならない。
だからこそ、永守氏の時代を終えることは、永守氏の功績を否定することではなく、その功績を組織の仕組みに変える段階に入ったことを意味する。
「永守重信がいなくても強いニデック」を作れるか。
これこそが、会計不正問題を経たニデックに突き付けられた最大の経営課題であり、同時に永守氏が残した経営者としての最後の宿題なのではないだろうか。
永守氏の功績を生かしながら、「永守氏に依存しない会社」へ
ニデックの歴史を振り返ると、永守重信氏の経営手腕が同社の成長に果たした役割は極めて大きい。モーターという明確な事業軸を持ち、海外展開とM&Aを駆使して規模を拡大し、高い目標を掲げて組織を動かす。その「永守流」が、無名の中小企業だった日本電産を世界有数のモーターメーカーへ押し上げたことは疑いない。
しかし、会計不正や巨額減損、監査意見不表明に至った今回の問題は、企業が巨大化した後も創業者型の経営モデルを続けることの難しさを浮き彫りにした。高い目標は成長の原動力になる一方、過度な業績プレッシャーにつながれば、悪い情報や異論が経営陣に届きにくくなる可能性がある。また、M&Aによる急成長は事業基盤を広げる一方、グループ全体の会計や内部統制を複雑にする。
だからこそ、ニデックに求められているのは永守氏の経営を全面的に否定することではない。世界市場への挑戦、技術力、意思決定の速さ、M&Aを活用した成長力といった「光」は残しながら、内部統制、取締役会による監督、財務報告の透明性、異論を受け入れる企業文化といった仕組みを強化する必要がある。
今回の問題を一人の経営者の責任だけに帰してしまえば、本質的な改革にはつながらない。重要なのは、創業者の判断力に頼らなくても正確な情報が上がり、経営陣が適切に議論し、必要ならばトップの判断にも異を唱えられる組織を作ることだ。ニデックが再び成長軌道を描けるかどうかは、過去の成功を守ることではなく、その成功を次世代でも再現できる「仕組み」へと変えられるかにかかっている。
4人から始まった企業を世界企業へ育てた永守氏の最大の功績は、巨大な事業基盤を残したことにある。そして現在のニデックにとって最大の課題は、その事業基盤を創業者個人への依存から切り離し、持続可能な企業統治のもとで成長させることだ。「永守氏がいなくても強いニデック」を作れるか――それこそが、会計問題を乗り越えた先で市場から問われる、ニデックの新たな経営課題といえるだろう。




